2016年 7月29日(金)

 ピアニストの中村紘子が亡くなったとのこと。彼女のパワフルな演奏を初めて聴いた、というより見た時は驚きました。そんな人が72才で亡くなってしまうとは。今日、他の本を探していて「どこへやったのだろう」と思っていた川田正子の本が見つかりました。彼女もまた72才で亡くなっています。「音楽家は長生きする」と何となく思っていましたが、そうとも限らないようです。川田正子は私より少し年上。子どもの頃ラジオから彼女だけでなく他の童謡歌手の歌もよく流れていました。菊田一夫のドラマ『鐘の鳴る丘』もラジオに齧りついて聴いていましたが、主題歌「とんがり帽子」が彼女の少女童謡歌手としては最後の歌でしょうか。声変わりで歌えなくなったのです。しかし、それから本格的に声楽の勉強を始めて今度は大人の童謡歌手として復活しました。童謡合唱団も作って指導もしていました。彼女が70才の時にたまたまコンサートに行く機会がありました。その時にこの本を買ってサインもしてもらっていました。この時の舞台で忘れられないのが「蛙の笛の蛙はカジカガエルに違いない」という発言でした。この本にもそのことが書かれています。何度も書いたことですが、このカエルはシュレーゲルアオガエル。カジカではないと知っていたのですが、そのカエルの名前は後で知りました。彼女に伝えたいと思っているうちにあの世に旅立たれてしまいました。この本には彼女の様々な苦労のほどもつづられています。

2016年 7月27日(水)

 今夜は恒例になった西鳥取公民館と自然と本の会の共催の「ウミホタル観賞会」でした。今年も21家族59人の申し込みがありました。募集や受付などの事務的なことは公民館が担当してくれて、当日の受付やウミホタルの捕獲は他のメンバーがしてくれます。私の役目は簡単な説明と注意をしてから浜までの引率。歩いて15分ほどです。予行では捕れる数が少なかったのでかなり心配でしたが、そこそこは捕れていたようです。捕獲には市内の高校の先生と生徒たちも加わってくれていました。海の向こうの夜景も楽しみながら、ウミホタルの幻想的な光も楽しんでもらえたようです。「あ~、楽しかった」という子どもたちの声を聞くと私たちもやってよかったなと思い、また来年もやろかなと思います。

2016年 7月26日(火)

 雨は半日で終わりました。午後は自転車で出かける予定だったので助かりました。政治的ではありませんが、日本でもテロまがいの事件が次々と起こっています。ついに大量殺人事件が起こってしまいました。今のように若者たちを希望のない生活に追いやっている社会では精神がおかしくなる者も次々と出て来るのではないでしょうか。それに現実とバーチャルの区別がつかない人たちも増えているように思います。今朝の毎日新聞の1面下のコラムも「ポケモンGO」を心配する内容でした。しかし、書き出しは「仏文学者で昆虫好きとして名高い奥本大三郎さん」です。名前を知っている人は少なくないとしても、彼が泉州といわれるこの地方の出身だということはそこに住んでいても知らない人が多いのではないでしょうか。貝塚市の出身で、隣の市にある岸和田高校の卒業生です。『ファーブル昆虫記』の翻訳者としても知られています。外国文学や語学を専攻した人の文章はえてして日本語らしからぬ日本語になっている場合もありますが、彼はなかなかの名文家です。子ども向けでも大人向けでも大変読みやすい日本語です

2016年 7月24日(日)

 午前は10時から12時前まで、防災訓練の一環として自治会の地区の半分を歩いて様々なことを確認することで潰れました。午後は倉庫の天井に断熱材の貼り付けと掃除で3時間ほどかかり、ちょっと腰が痛くなりました。疲れてもいましたが、夜は海蛍観賞会の下見・予行で7時頃から9時前まで浜辺で過ごしました。涼しくはあったのですが、ウミホタルはあまり獲れませんでした。見学に遠くから来ていただいてもいたのですが、期待外れだったでしょう。野鳥の世界も少し変なようですし、海の中の生き物の状態もよくないのかもしれません。本番は明後日ですが、ちょっと心配です。

2016年 7月22日(金)

 久しぶりに大工仕事をせねばならないことになり、材料を物色しに近くのホームセンターへ出掛けました。途中で電柱の上に仲良く並んでいるハシボソガラスが目につきました。熱っつ熱っつの仲なんでしょうか。真夏の太陽に照らされて真っ黒な衣裳では更に熱も上がっているでしょうが、意外と涼しそうな顔つきです。羽毛は色にはあまり関係なく夏も断熱効果を発揮しているのでしょうか。ところで、人間界では「ポケモンGO」なんてものが大流行りとのこと。確かに面白そうですが、私も手を出せば嵌りそうです。しかし、日本でも早くもトラブルが起こっているようです。より深刻事故も間も無く起こるでしょう。歩きスマホ以上に危険なことは明らかですが、あんなものに夢中になることは精神的にも危険極まりないとだと思います。空を見上げて感動することも減るでしょう。

2016年 7月20日(水)

 今日もいい天気でしたが、午前中は涼しい風が入って来ていました。夕方になってから、Hさんとこへ出かけました。あの台湾生まれの宗教の土地がまた増えていました。由緒ある神社の前ですが、着々と占有面積を拡げているようです。その手前にKさんがFacebook で紹介している地元産の魚料理の仕入れ先があります。これまで通ったのは閉まっている時ばかりでしたが、今日は開いていました。それどころか馴染みのガサオヤジさんも来ていました。ちょっと覗いただけでHさんとこへ行って帰りにまた寄りました。1人の夕食用に太刀魚は大き過ぎるということで、鯖を塩焼き用にしてもらって買って帰りました。Kさんほどにはできませんが、スーパーのとは味が違いました。

2016年 7月19日(火)

 梅雨が明けていい天気ですが、まだ風には涼しさが少し残っています。午後は会議でしたが、終わって買い物に行きました。自転車を走らせていると、稲が植わっていない田んぼの水溜りに大小の鳥が居ました。大きい方はここらの田んぼでは珍しくないケリでしたが、小さい方はどうやらイカルチドリ。図鑑には「田んぼにもいる」と書いてありますが、田んぼでは初めて見ました。帰って夕食の後も出かけねばなりませんでしたが、帰りに久しぶりにきれいな月が見られました。満月でした。

2016年 7月18日(月)

 朝からいい天気になったと思ったら、梅雨明けが宣言されました。これまでも真夏日と熱帯夜は何度もありましたが、これからもっと多くなるでしょう。でも、今日はまだそれほどでもありませんでした。こんな本を戴きました。「紋羽」とは綿織物の1種。江戸時代に紀州北部で考案されたものでこの地方で発展したようです。起毛されていて保温力があるので用途が多かったようですが、綿フランネルに取って変わられて用途は足袋の裏・底地に限定されたそうです。足袋の需要も減ってしまった現在ですが、生産はまだ続いているそうです。そんな会社がこの市にあるとは全く知らないことでした。著者の石橋利助氏はそれを製造する会社の経営者であり、この地方の生物についての造詣も深かったということです。お会いする機会がなかったことが残念です。家業として来た紋羽織が衰退するのに心を痛められて、この労作に取り掛かったようです。しかし、完成する前にこの世を去らねばなりませんでした。弟さんと息子さんが志を引き継いで完成させて出版されたとのことです。綿織物業のみならず、この地方の歴史の上でも貴重は本だと思います。

2016年 7月16日(土)

 雨にはなりませんでしたが、また梅雨空に戻りました。助っ人に頼る仕事は終わったので、彼はモネ庭の青い睡蓮を見る言って出かけました。その間にこちらは家の内外の手入れなど。狭い庭でも木や草が結構伸びています。夕方ちょっと川上に向けて散歩に出ました。イワツバメは来なくなったし、今頃はうるさく鳴いていたオオヨシキリの声もこの2年は聞いていません。クサシギもどこかへ行ってしまったようです。田んぼ方に目をやると、 もう穂を付けてスズメ脅しのテープが張ってあるところもあります。数週間後には刈り取りでしょう。ちょうど背の方からキュッキュッキュッという声が聞こえて来ました。道の縁から2メートルくらいのところでヒクイナが鳴いているようでしたが、しばらく待ってもかつてのようには姿は現してくれませんでした。でも、何だかホッとしました。 

2016年 7月15日(金)

 今日も雨は降りそうになかったので、助っ人に急かされて8月でいいと思っていた墓地の掃除に出かけました。途中で苔の上で吸水中の黒いアゲハに出逢いました。黒いアゲハは何種か見ていますが、青い色がこんなにきれいなのは初めて。カラスアゲハかミヤマカラスアゲハなんですが、、、。後者もミヤマ(深山)とついていても、平地にもいるそうで初遭遇の素人には判定困難。ミヤマの方は前者よりももっとメタリックな色だとのことなので、一応前者としておきます。墓地掃除も1人なら3日ほどかけて少しずうやるのですが、昼までに終わってしまいました。「個人の墓地としては広い」と言われました。そんな意識はなくてやってきましたが、そういわれればそうでしょうか。名前のある墓石は一応江戸時代から並んでいます。

2016年 7月14日(火)

 午前中はまずまずの天気。午後は梅雨明けかと思うような快晴になりました。遠方から助っ人が来てくれたので、放ったらかしの畑の草刈りをしました。最近は減ってきたセイタカアワダチソウも生えています。家はほとんどなかったところですが、人口が減っている村なのに住宅地のようになって来ています。売る気もないので誰かに貸したいところですが、借りてくれる人もいません。従って年に何回かは草刈りもせざるをえません。草刈機を使えば楽ですが、慣れない者は大怪我の元。あえて手刈りです。私1人なら3日ほどかかってやるのですが、1日で終わってしまいました。しかも、私がやったのはせいぜい1/3程度。こんなことを厭わずにやってくれる友人は他にはいないので、ありがたいことです。1つ肩の荷が下りたところです。

2016年 7月10日(日)

 天気はいいとは言えませんでしたが、また暑さが戻って来ました。夕方またちょっと散歩に出ました。田んぼの土手でこんな植物がよく目に付いて「すかんぽの咲く頃」という歌を思い出しました。「♪土手のすかんぽ/ジャワ更紗/昼は蛍がねんねする/ぼくら・・・」という歌で北原白秋の詞で、曲は山田耕筰です。「すかんぽ」というとイタドリ(虎杖)のことだと思っている人もいるようですが、少なくてもこの歌の「すかんぽ」は違うと思います。イタドリは蛍がいるような川の畔にはあまりありませんし、ジャワサラサのような花が咲くのも秋です。ここでの「すかんぽ」はスイバ(酸葉)のことだと思います。子どもの頃にイタドリと同じように茎の皮を剥いで、ちょっと塩を付けて齧ったものでした。イタドリと違て葉も食べました。食べごろのイタドリはめったに見つけられませんが、これならいくらでもありました。スイバの花の咲くのは5月~6月で蛍の時期と一致します。しかし、今、花が咲いているのはスイバによく似たギシギシ(羊蹄)のようです。スイバよりも大きくなって花も1ヵ月は遅く咲きます。子どものころは区別ができませんでしたが、今は葉っぱの付け根を見れば違いがわかるようになりました。ともあれ、子どもの頃は「スリカンボ」などと言ってましたが、懐かしい植物の1つです。

2016年 7月 7日(木)

 連日の真夏日と熱帯夜で、水の事故や暑さによって痛ましい事故も続いています。私は暑さには強い方だと思っているのですが、我慢もほどほどにしなければと思います。日の暮れ前にちょっと散歩に出てみました。午前中はいい天気だったので久しぶりに七夕の星が見られるかと期待していましたが、雲が空を覆って来て例年通りになってしまいました。久しぶりに見るお地蔵さんも夏服に変っていました。誰が世話をしているかは知りませんが、いつもきれいにされて花も絶えることがありません。うれしいことです。台風1号の影響はこちらでは大したことはなさそうですが、台湾と中国本土を直撃しようとしているようです。中国南部では既に大雨による被害が出ているそうで、更に大きな被害が出なければいいのですが。

2016年 7月 3日(日)

 昨日に増して暑い日になりました。私の部屋は昼間は34℃、夜になっても32℃という状態でした。水分の補給も忘れないようにしているし、暑さには強い方なので、まだ扇風機だけで大丈夫です。でも、体の感度は鈍くなっていると思うので十分に気を付けねばならないと思っています。例の亀裂の入った塀の修復はまだ気配もありませんが、注意を喚起するコーンは置いてくれました。実際は何の役にも立たないかもしれませんが、注意して通るようにはなるでしょう。でも、これは市役所がしたわけではありません。相談した人が個人的にやってくれたのです。費用がかかるわけではないし、すぐに見に来てこれくらいのことはサッとやってくれる行政であって欲しいものです。Facebookを毎日更新するのを1つの楽しみにして続けてきましたが、使うような写真がなかったり、話題に事欠く場合もありました。それでも文章の練習のつもりもあって続けていましたが、少々疲れて来た感もあります。これからは毎日ではなくなるかも知れませんが、よろしくお願いします

2016年 7月 2日(土)

 梅雨の晴れ間はまだ続いていて、昨日に続いてなかなか暑い日でした。またもテロ事件で日本人を含む多くの人びとの命が奪われました。日本もかなり危なくはなりましたが、まだ一応は安心してくらせるのはありがたいことです。午前中は「自然と本の会」の溜池の観察会がありました。大人の方が多かったのですが、子どもも4人いました。ケーブルテレビ局の取材もありました。最近は珍しくなったコオイムシもいましたし、キイイトトンボがたくさん見られました。かなり珍しいコバネアオイトトンボ♀(挿入)も見つかりました。名前は♂から付けられたようで、♀は青くはありません。午後も関心の強い2つのことがありましたが、時間帯が同じだったので一方にしか参加できませんでした。一方は最後だけちょっと覗きましたが、仲間のNさんの野鳥の写真展もあってそちらにも顔を出しました。仕上げねばならない原稿が1つあるのですが、今日も外での時間が多く過ぎてしまいました。

2016年 7月 1日(金)

 とうとう今年も後半に突入ということになりました。『セルボーンの博物誌の鳥たち(改訂版)』が出来上がったので時間の余裕ができるかと思ったのですが、相変わらず忙しいのが不思議です。もっとも、眠くなったら寝るし、やりたいこと優先の生活なのでボヤクことはないのですが。今日も午後は自転車で隣の市まで出かけねばなりませんでした。暑くても走っている間は快適なのですが、止まると汗が噴き出して来ます。やはり真夏日でした。用事をすませたらもう夕方でしたが、空はもう曇で覆われていました。帰りに久しぶりに河口を覗いてみました。潮が満ちていましたが、釣をしている人が何人か見えました。残念ながら鳥の姿は見えませんでしたが、涼しげなハマゴウの花が咲き始めていました。

2016年 6月30日(木)

 今日も鬱陶しい天気でしたが、雨は降りませんでした。トルコではまたテロ事件がありました。イスラム教国でも宗教と政治がちゃんと分離されていて、嘗てはかなり安定していて旅行にも安心して行けた国でした。今はどの国も危険度は増していますが、政治的にも最も成熟していると思っていたイギリスまでもがおかしくなって来ました。スコットランドに加えてウェールズまで独立派が台頭しているとか。「独立」というと恰好はいいのですが、バラバラになるのはどうでしょうか。世の中はますます混迷の度合いを深めています。日本も参議院選挙が迫って来ましたが、国民の多くの選択の具合によっては、今、NHKの朝ドラの風景のような時代に戻って行くのではと危惧します。ところでこんなコラムが掲載された昨日の新聞が郵便受けに入っていました。故郷の新聞で紹介してもらってうれしい限りです。

2016年 6月29日(水)

 午前中は何とか雨は降らず、いつもなら自転車で出かけるところを30分ほど歩きました。そして2時間ほどの用事を済ませてから電車に乗りました。駅を降りると雨が降り始めましたが、また歩きました。久しぶりの友と待ち合わせてちょっと遅い昼食をするためでした。場所はかなり以前から聞いていた紅茶を茶葉で出してくれるという最近は珍しくなった喫茶店。なかなか行く機会がなかったので、そこを指定しました。もう1時だというのに待たねばならないほどの繁盛ぶりでした。モーニングがいいそうですが、残念ながらそれは11時までなので注文したのは900円のサラダランチ。トーストにたっぷりのサラダにスープまたはグラタンにコーヒーまたは紅茶付き。私はもちろん紅茶でしたが、友はコーヒー。ここはコーヒーまでポットにティーコージーまで掛けて出て来ました。これも珍しいことです。ちょっと遠いのでそう度々は行けませんが、聞いていたとおりなかなかいいところでした。

2016年 6月28日(火)

 沖縄明けはまだまだのようです。今日も雨はちょっと降ったくらいですが、鬱陶しい天気でした。永国淳哉さんの本の最初にジョン万次郎自筆のアルファベットが載っていました。子どものころに遠足で行った高知城の天守閣の中に展示されていたものと同じだと思います。最近は高知城の天守閣に入ることもまずないので、今も展示されているかどうかは知りません。でも、万次郎というとこれを思い出します。日本では寺子屋にも行けなかったし、第一じっとして手習いなどできる子どもではなかったようです。それもあって故郷の中ノ浜(足摺崎の近く)から遠く離れた宇佐(高知県の中央部やや西、ローマ字で書けばUSAとは面白い偶然の一致)に奉公に出されていたのです。漁船の飯炊き係と手伝いとして漁に出ていて強風で漂流して鳥島に漂着。鳥島には万次郎たちの前後にも漂着した人たちがいたようです。黒潮の流れのせいでしょう。水もない無人島で雨水とアホウドリで命を繋いでいたのです。やっと助けられた捕鯨船の中で「まず言葉を覚えねばならない」と既に勉強を始めていたようです。そんなことからも船長のホイット・フィールドに目をかけられて自ら教えてもくれていたようです。

2016年 6月27日(月)

 また梅雨空になりましたが、雨は夕方まで降りませんでした。午後、ちょっと出かけていたので、帰りに20日に載せた塀を見て来ました。少しは期待していたのですが、何の変化もありませんでした。丁度、小学生たちの下校の時間で3人が通りかかりました。しかし、全く気がついていようでした。「こちら側は危ないよ」と声をかけて初めて気がついたようでした。でも、そう気にしているようでもありませんでした。今すぐに崩れるということはないでしょうが、ちょっとした地震でも崩壊しそうです。それなりのところには伝わっているはずですが、1週間たっても進展が全く見えません。私が第一発見者でもないし、私の家のすぐ近くというわけでもありませんが、知った以上は黙ってはいられません。こうなったら自分で動いてみるしかなさそうです。

2016年 6月26日(日)

 また梅雨の晴れ間とは思えないような好天気。午前中は少しのんびりできたのですが、午後は行かねばならないところ・行きたいところがほとんど同じ時間帯で3つ重なっていました。当然、1つしか行けませんでしたが、自転車で片道15分ほどのところを往復。少々暑くてもこれくらいなら気持ちのいい移動でした。戻って1時間ほどしてまた出かけましたが、雨の降る時と夜は自転車には乗りたくありません。集会だったので車で行く人に乗せてもらいました。よく鳥を撮りに行く川の水源地の1つに計画されている産廃処理施設の業者による説明会。予定地は隣の県の山の上部なので管轄は隣の県と市。ところが、水はこちら側に流れて来て水質汚染の被害を受けるのは専らこちらという施設。説明会は4年も経って2回目。紛糾が予想されました。案の定でしたが、こういう場でこそ冷静になって理論的に相手の主張を打破しなければならないと思いますが、日本人はそういう教育も訓練も受けていないのは残念なことだと思います。予定時間を超過しての質疑応答でしたが、時期を改めて延長ということになりました。是が非でも作りたい側と何としてでも阻止したい側。この市にはまだもう1つの問題が起こっています。「ゴリ押しでも計画した方が勝ち」では民主国家として情けない話ではないでしょうか。

 

2016年 6月25日(土)

 梅雨空でしたが、ほとんど濡れずに移動できました。田舎の書庫に眠っていたハードカバーの立派な本がありました。表紙を開けると著者の永国淳哉さんから平成14年5月29日に贈られたものでした。古書画を題材にして書かれたジョン万次郎の伝記ですが、せっかくいただきながらざっと目を通しただけだっと思います。改めて熟読しようと思って持って帰りました。多分、その時が永国さんに初めてお目にかかってセルボーンの報告をしたのではないかと思います。永国さんは高知市などで外国語学校を経営しながらジョン万次郎の研究者としても知られていました。私がはっきりと彼の存在を知ったのは『ジョン万エンケレセ』というジョン万次郎伝を読んでからではないかと思います。その頃は私などからは遥かな巨星に見えていました。彼の関心の中心はジョン万次郎だったようですが、『セルボーンの博物誌』を独学で翻訳した西谷退三にも関心は持っていたようです。「セルボーン外語学校」という名の学校も持っていて、イギリスに留学する生徒たちにはセルボーンを訪れることを勧めていたようです。そんな学生の何人かがちらっと訪れたセルボーンの写真などが高知新聞に出ていたのを帰省した折に見たことがありました。経営者が変ってセルボーンの名前の学校は消えましたが、その後、何度も浦戸湾を望む1室へ伺ってお会いしたことでした。ここしばらくご無沙汰していたのですが、やっと『セルボーンの博物誌の鳥たち』の改訂版ができたので持参してその後の報告をしたいと思っていました。しかし、長くかかり過ぎました。もやは会うことは叶わないところへ数年前に旅立たれていました。年賀状もいただいたものに返信するだけになっていますので、こういうことも仕方のないことです。

2016年 6月24日(金)

 昨日は梅雨明けかと思う天気で、夜は久しぶりに満天の星も見ることができました。ところが、今朝はまたも梅雨空。大した雨ではなく、止み間もかなりあったので散歩もしてことがました。きれいな紫陽花もまだ残っていました。イギリスの国民は今度もいい選択をするだろうと思っていましたが、世界に大影響を与える結果になりました。EUの存続も更に厳しい状況になるでしょう。日本国民も重要な選択の時が迫っています。若者たちに期待したいところですが、それもなかなか厳しいようです。伊方原発3号炉に核燃料が入れられました。これでいいのでしょうか。

2016年 6月23日(木)

 意外にいい天気の1日でした。午前中は来客があって、昼前から須崎市へ。久しぶりで名物「鍋焼きラーメン」を昼食にしました。郵便局で私用を済ませて入院中のYさんの見舞いに。そこで合流したIさんの車で「四国自然史科学研究センター」へ。カワウソが最後に見られた新荘川のほとりにありました。突然の初訪問でしたが、昔ちょっと知っていた所長のYさんがいてくれました。カヤネズミのことや彼の専門であるコウモリの話など少し聞きました。Iさんに須崎駅 まで送ってもらい、こちらの駅からは徒歩。先輩の家にも寄ったので、暑い中を1時間ほど歩きました。主に川端を歩いたのですが、ノロリノロリでも汗ビッショリ。やっと帰り着いてシャワーを浴びたところへ夜の横倉山観察会の情報。逃す手はないと、連れて行ってもらいました。山上の駐車場に着いてビックリ。車が既に20台も。高知ナンバー以外に、香川・徳島・愛媛、倉敷・広島までありました。私も面識がある有名なカメラマンのTさんもいましたが、みな光るキノコの撮影に来ているとのこと。ここには4種類もの光るキノコがあるのだそうです。そのうちの1つ、シイノトモシビダケは数年前に見ていますが、今夜はよりたくさん見られました。写真はカメラマンのいないところで懐中電燈で照らして撮ったものです。これが暗い中で光っています。ギンガタケも大木にたくさんあったのですが、何故か光っていませんでした。もう1ヶ所あったようですが、カメラマンが占領していて行けませんでした。ヒメボタルもいましたが、それも今夜はたくさんはいませんでした。そんなわけでまずまずでしたが、駐車場に戻るとギンガタケの代わりに満天の星が見られした。

2016年 6月22日(水)

 朝から雨で、コガネグモが濡れながら頑張っていました。予定のことはほぼできず休養主体の日になりましたが、大したことがなければこれもまたよしです。しかし、またも雨の悲劇が起こりました。自然災害だけでなく、無差別殺人もまたありました。何とかなったはずのストーカー殺人も防げていません。「国民の命を守ることが第一」と言ってる党首がいますが、これで国民の命を守っていると言えるでしょうか。話は変わりますが、少なくも東洋では1番だった東大のランクが7番目になって中国の大学が1番と2番になったとか。東大や京大などの昔の帝大系の大学はまだ多くの補助金を得ているようですが、地方の大学は補助金も少なく自立を迫られてなかなか大変なようです。東大もかなり豊かな家庭の子供でないと行けないと言われる状況に加えて、奨学資金でやっと大学を卒業しても返済に困っている人たちがたくさんいます。保育園や幼稚園から小中高もそうですが、将来を担う子供たち・学生たちにもっと国として投資せずに日本の将来はあるでしょうか。ゴーンさんや孫さんの収入を聞くと、この国の将来がますます不安になります。彼らの働きの上からは当然かもしれませんが、より公平な富の分配や金の使い道をもっと考えないと国としての力がますます落ちて来るのではないでしょうか。

2016年 6月21日(火)

 朝までよく降っていたようですが、あまり気にならず眠っていました。各地で被害が出ているようでしたが、出かける時はもう降ってなかったので駅までは影響はありませんでした。乗った電車は4分ほど遅れていましたし、「後の特急は取り消し」との車内放送がありました。予定より早いのに乗ってよかったとホッとしていましたが、新今宮で停まってしまいました。難波で混乱しているようでした。既に十分遅れていましたので「これはまずいぞ」と思っていたら、「お急ぎの方は高野線をご利用ください」との放送で多くの人たちと急ぎました。こんなのは初体験でしたが、後はいつものように無事に移動完了。しかし、こちらで駅を出てからの徒歩は汗びっしょりになりました。草茫々の庭でハグロトンボが迎えてくれました。 

2016年 6月20日(月)

 夕方のあるテレビ局のニュース番組で我が市の「総合子ども園に対する住民投票を求める要望が可決された」と報じらました。「ホー!」と思ったのですが、内容は全く反対。アナウンサーの何ともお粗末な言い間違いでした。しかし、もっとお粗末なのはゴリ押しで住民の声に少しも耳を貸そうともしない市当局やそれに賛成してきた議員たちでしょう。遅まきながら幼稚園の元園長たちも声を上げ始めたことも報じられていました。教育者の良心があれば当然のことだと思います。狭いところに幼児を600人も詰め込んでどうして満足な教育ができるでしょうか。二言目には「自然豊かな」という言葉が出て来ますが、その豊かな自然を少しも活かそうとしないし、大量大型ごみの処理を申し入れていても、何年経っても梨の礫。そして、この亀裂も入って今にも道路側に倒れそうなブロック塀の放置。人通りが多い道路ではありませんが、通学路にもなっているそうです。近所の人が市役所に直接ではありませんが、ある人に頼んだそうです。まだ何の処置もないというのを聞いて私が再度伝えたのが18日。今日午後行ってみたら、まだそのままでした。空き家なのですぐに手が出せないというのもわからないではありませんが、せめて「危険!」の表示や路面のマークなどすぐにできることはあると思います。こんな状況では、600人も集られた幼児たちに細かい心配りができる施設になるとはとても思えません。国立市の藤幼稚園の視察にも行って来たというので、少しは期待しています。が、問題は施設よりもその根本的な考え方や姿勢でしょう。今夜のNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」では大阪の「凄腕保育士」が登場していました。学ぶべきことは身近なところにもたくさんあります。

2016年 6月19日(日)

 雨の日は出かけたくはないのですが、気になっていることがあったので電車で堺市へ。この市から信州に移り住んで山の絵を描いている画家の個展案内が来ていたからです。いずこも同じ閉まっているシャッターが多い商店街の画廊で年1回やっています。若いころのはあまり好きではありませんでしたが、このごろは好きな絵になって来ました。昼食前に出かけたので「まず、どこかで食べねば」と思っていました。堺駅を出たところで頭に浮かんだのが何故か「ち久満(ちくま)」。何度か行ったことがある老舗のそば屋ですが、行ったのはもう何十年というほど前になるでしょう。おおよその場所は覚えていましたが、他のことは記憶にありませんでした。探しながら歩いていると、「さかい利晶の杜」がありました。最近できたもので、堺を代表する2人の博物館というところです。道路を挟んで利休屋敷跡もありましたが、その隣に工場のような建物があり、その下になって「ち久満」の暖簾が出ていました。風情のない工場は何と「ちくま」の蕎麦工場だとのこと。狭い入り口を入ってみると昼はとっくに過ぎているのに結構賑わっていました。番号札を渡されて待たねばならない状態でしたが、「お1人さまは2階へ」といわれて階段を上がると先客は1人いただけでした。「せいろそば」しかないので選択は1斤か1.5斤かを選ぶくらい。しばらく待つとこんな形で出て来ました。腰のないそばでしたが、何となく昔を思い出した味でした。そば湯は錫の容器で出て来ました。先の2つの場所へ寄ってから個展会場へ行きました。客は誰もいなかったので、しばらく絵を見ながら画家と語らって来ました。絵は結構売れているようでした。60号ほどでも「玄関に飾る」と買って行く人がいるとか。80号という大作は売れていませんでしたが、1,000,000円という値が付いていました。

2016年 6月18日(土)

 梅雨らしからぬ好天気になり、何とも暑い日でした。午後は自転車で出かけていましたが、乗ってる時はそう暑いとは思いませんでした。でも停車すると汗が噴き出て来ました。そろそろ輪行もしてみようと袋を買いました。前輪だけ取り外すせばいいのですが、慣れないと時間もかかりなり嵩張ります。(後ろにあるのは古い自転車。)それに、担いでみるとかなりの重さで、腰痛が再発しそうなほどでした。エレベーターのある駅を利用しないと無理なようです。電車を利用すればかなり遠方でも自転車散歩が楽しめますが、スタート駅と着駅を考えねばならないようです。明日は初輪行を予定していましたが、雨になりそうなので今回は中止としました。

2016年 6月17日(金)

 イギリスでまたとんでもない事件が起こりました。気候だけでなく人間の頭も世界中で狂ってきたような気がします。沖縄は梅雨明けだそうですから、こちらも間もなくでしょう。去年まで私の部屋の西日を半分遮ってくれていたキーウィの枝をかなり切り詰めてしまったので、今年はまともに夏日が差し込みます。先日、偶々行った家具店で手ごろな値段で大きなブラインドがあるのを見つけました。寸法は176cm×183cmなので巾も高さも少し足りないのですが、これで間に合わせることにしました。大きくて重いのでちょっと手間がかかりましたが、無事取り付け完了。網戸にしていてもカーテンを閉めると暗いし風も入ってこなかったのですが、これで少し快適になりそうです。関電の電気料が下がらなくても高浜原発3・4号機の運転停止継続になったことはうれしいことです。今年もエアコンはできる限り使わずに夏を過ごします。

 

2016年 6月16日(木)

 やっと梅雨らしい天気になりましたが、1日で終わるようです。雨の日は私の外出は基本的になしです。昨日、こんな冊子を2冊もらっていました。本来はこちらを先にすべきでしたが、自分の方を優先してしまいました。波有手(ぼうで)とは地図上からは消えてしまった地名です。残念なことだと思っていますが、このようにしてでも子どもたちに伝えて行くことも大切なことでしょう。私たちが清掃をしている「アドプト・シーサイド・ハマボウフウ」も波有手の一部かと思っていたのですが、その東側の2つの小さな川に挟まれた漁港になっているところのようです。すぐ近くで掃除はしていても、海の中に関心を持つようになったのは今年からです。アマモの養殖やノリの栽培が行われていることは知ってはいましたが、はっきりした場所までは認識していませんでした。私たちの会では残念ながら、海の中の活動にまで手が出ていないのです。しかし、この冊子を発行している「海藻おしば」の代表者のKさんは「自然と本の会」の古くからの会員の1人です。これからはもっと連携して、魚庭(なにわ)の海・茅渟(ちぬ)の海の中のことも子どもたちにしっかりと伝えて行かねばならないと改めて思いました。

2016年 6月15日(水)

 暑い1日でした。夕方、外に置いてある温度計を見たら29℃でした。自転車で出かけるのも躊躇するくらいでしたので、日中の日向は30℃を超えていたでしょう。最も暑さを感じていたのは舛添さんかも知れません。首都の知事なんですから、次に選ばれる人は「二度あることは三度ある」にだけはして欲しくないものです。でも、首長と議会がほとんど一体になって市民の声に耳を貸そうとしないところとは違って、議会が首長の姿勢を糺せるところはまだ自治が機能していると言えるでしょう。激動の現代ですが、もっと激しく世の中が変ろうとしていた200年ほど前に、政治や世の中の動きには一切触れず、自分の住むイギリスの片田舎での自然観察の記録だけを書き残した人がいました。「自然観察のバイブル」ともいわれる『セルボーンの博物誌』(”The Natural Hisotry of Selborne”) の著者 ギルバート・ホワイト (Gilbert White) です。私もその人に倣ってこのフェイスブックを自然のことだけにしておこうと思っていましたが、凡人はなかなかそれに徹し切れません。ついつい自分がどうにもできないことまで書いてしまっています。2008年にその本の紹介と野鳥観察やエコロジーの入門を目指した『セルボーンの博物誌の鳥たち』を出していましたが、その改訂版がやっと出来上がって来ました。最初の出版予定は昨年末でしたが、延びに延びて、これで大丈夫と思って記した発行日もとうに過ぎてしまいました。ともあれ、70代前半の大仕事は完了しました。原文も読める英和完全対訳です。自然に関心のある方々に読んでいただければ幸いだと思っています。ただし、地元の書店には置いてもらおうかと思っていますが、それ以外の書店に並ぶことはまずないと思います。改訂前の本も同様でしたが、全国展開の有名書店で売られていたのは何とも不思議なことでした。

2016年 6月14日(火)

  梅雨とはいえ、まだ余震が続いている熊本ではあまり降って欲しくないところですが、渇水状態で農業にも影響が出そうな地方も出ているようです。この地域は瀬戸内海の延長にあるので雨が少ないのはそう異常ではありません。そのために溜池も多いのですが、田んぼが減っているのでもう不要な溜池もかなりあります。田植えはだいたい終わったようです。コシアカツバメのを乗っ取ったスズメの巣を少し観察してみました。人が近くにいてもコシアカツバメの方は案外平気で巣に出入りしていましたが、餌を咥えたスズメは雛たちが盛んにないているのになかなか巣に近づきません。20分ほどしてやっと巣にやって来ました。親がやって来ると雛はいっそう大きな口を開けますが、親の方は餌を与えるだけでなく巣の中の糞の始末もしなければなりません。子育ては鳥たちにもなかなか大変な仕事ですが、せっせと励んでいます。あまりいい写真は撮れませんでしたが、30分足らずで引き上げました。

2016年 6月 13日(月)

 アメリカ合衆国でまたも銃乱射事件が起きました。国民が銃を自由に所有できることによって身を守ったというおり、その何倍、何十倍もの人々が殺されているのではないでしょうか。もうそろそろ米国民の多数がその愚かさに気がついてもよさそうに思うのですが、なかなかそうはならないのがアメリカという国でしょう。せめて銃規制がオバマ大統領の置き土産になればいいのですが。あまり好きではない豊富秀吉ですが、日本を武器規制のある国にした点では彼の意図はともかく、結果としては評価しています。とはいえ、最近の日本もかなり危険な国になって来ました。今朝がたはついに私には大変馴染みのある町で悲惨な事件が起こりました。偶々、今日は泉佐野に用事があって出かけていました。その用事が終わってから、機会があれば写真を撮っておこうと思っていた「篭池」の跡へも行きました。そのすぐ近くが半世紀近く前に住んでいた市場町西というところです。懐かしさと好奇心もあってそちらへも行ってみましたが、まるで『方丈記』の冒頭の部分のように「昔ありし家はまれなり」でした。でも、検討をつけてちょっと入ってみると、借りて住んでいた鉄筋コンクリートの離れがそのまま残っていました。独身時代から住んでいましたが、結婚後も数年はいて子供たちも生まれたところです。更にうれしかったことは、狭い通路を挟んで住んでいた年上の夫妻が健在で迎えてくれたことでした。事件の起こったのはどこかと聞いても、町名は同じでも「知らない」というくらい遠くの新しい住宅地でした。

2016年 6月12日(日)

 大阪湾で唯一残る自然状態の浜「箱作自然海岸」の清掃日でした。雨が心配だったのですが、昼過ぎまで降らなかったので助かりました。ここへも海上保安庁の職員や家族の人たちがよく手伝いに来てくれていたのですが、最近は顔を見せてくれなくなりました。きっと、本業の方が忙しくて余裕がなくなったのでしょう。そういう仕事の人たちもボランティア活動ができるような世の中であって欲しいものです。今日は会員の参加も8名(大人7+子ども1)で少なかったのですが、ゴミの量もそう多くはなくいつものように1時間半ほどで終わりました。その後で、里海公園の反対側を出たところにある海洋センターへコシアカツバメを見に行って来ました。ちゃんと数えてはいませんが、10くらいは巣があるようです。小学生の団体が来ていましたが、彼らが通るすぐ上の天井に2つ並んでいる巣がありました。よく見ると左側の形が違います。どうやら、スズメが乗っ取って入り口を広く改修したようです。スズメの方は既に雛が孵っていました。

2016年 6月11日(土)

 「DIG訓練」というのがあって、自治会の班長が呼び集められました。何のことかと思ったら、Disaster Imagination Game なんだそうですが、日本語では「災害図上訓練」とか。英語の略語が短くていいのかもしれませんが、日本語でではいけないのでしょうかね。要するに「災害に備えて遊び感覚で地図上で自分たちの地域の状況を把握しておきましょう」ということのようです。各グループ毎に地図やマジックインクなど配られて話し合いながら頭に入れておくべきことを記入していくわけです。こんなこともやっておけば、まさかの時には役立つでしょう。その後の各グループの発表でも出されたことですが、この地区には大きな問題があります。最終的な避難所は小学校になっているのですが、そこは「崩壊危険地域」も含まれているところ。大地震の時にはそこへ行く道が土砂で埋まっている可能性もあります。別の道もありますが、そこは住宅密集地の狭い道。個人的にはそんなところへ行くよりも、地盤も固くて国道や病院も近い自宅の方がより安全な気がしてならないのです。建物の耐震工事が完了しているというだけで、小学校や中学校を機械的に割り当てただけのような気がします。根本的に考えなおさねばならないのではないでしょうか。それに、自治会=防災会が想定されているようですが、自治会に入っていない家庭かかなり多いことも問題です。そんなことにも何の手も打とうとしないこの市に住み続けることに不安を覚えているこの頃です。

2016年 6月10日(金)

 梅雨の晴れ間もいいところで、もう夏のような天気でした。午前中はちょっとした会議に出かけて、午後はまたKさんと自転車「歴史」散歩に出かけました。私は何度か行ったことがあるところばかりでしたが、Kさんは初めてのところばかりだったようです。途中で隣の市の山手に住む2人に共通の元同僚の家に寄って行ったのですが、もう10年以上も行ってなかったのでかなり無駄な走行をしました。家のあたりの風景は覚えていたのですが、そこへの入り口を間違えました。が、何とかたどり着いて少しお喋りをしてから、もう1つ隣の市のまで行きました。大阪府で一番古いという春日造の神殿のある意賀美(おがみ)神社、允恭天皇が通ったという衣通姫(そとおりひめ)の茅渟(ちぬ)宮跡、長滝という知名の元だという説もある葛葉井の淵、老人の知恵が枕草子に記載されていたり紀貫之の馬が倒れたという伝説のある蟻通神社、大阪夏の陣の樫井川古戦場など。ここで戦死した大阪方の塙團右衛門の墓、小督局の兄であり、また同じくここで戦死した淡輪六郎兵衛の墓(写真のところ)なども。家を出てから往復4時間半ほどで距離は丁度33kmでした。散歩にしてはちょっとハードで疲れましたが、気分は悪くありません。

2016年 6月 9日(木)

 午前中はかなり雲っていましたが、午後にはまた日があたって梅雨らしくはなりませんでした。でも、またすることが溜まって来たので外出せずに過ごしてしまいました。昨日、川の土手道でヒバリの幼鳥に出会いましたが、ヒバリもウグイスと同じように、「姿は見たことがないけれど、声は知っている」という人が多い鳥ではないでしょうか。田畑や野原で春から夏にかけて空から降ってくるのがヒバリの声ですが、その姿を見ることはなかなかできません。空で歌っているヒバリを「揚げ雲雀」といいますが、私たちの世代では「春の朝」という詩が国語の教科書に載っていたので、誰でも知っている言葉でしょう。「時は春/朝は七時/片岡に露満ちて/揚雲雀なのりいで/蝸牛枝に這ひ/神、空に知ろしめす/すべて世はこともなし」。上田敏の名訳ですが、元はイギリスのロバート・ブラウニング(Robert Browning) の詩劇の一節です。また、音楽好きなら、ヴォーン・ウィリアムズ (Ralf Vaughan Williams) の曲で知っているかも知れません。その曲はジョージ・メレディス (George Meredith) の "The Lark Ascending" という詩に想を得たものだそうですが、やはり共にイギリス人です。ヒバリはイギリス人にも日本人にも馴染みの鳥ですが、アメリカやカナダにはいないようです。こんな詩や音楽に親近感を持つのはアメリカ人やカナダ人より日本人の方が多いのではないでしょうか。

2016年 6月 8日(水)

 池田小での殺傷事件の15年目。信じ難い事件でしたが、その後も日本の安全神話は崩れっぱなしです。ファンだった男性に刺されて重体だった女子大生の意識が回復したとのことで、少し明るい気分になりましたが、彼女のこれからの生活が大変だろうと思います。政治の世界でも信じられないことが起こりましたが、やっと安保関連法案が憲法違反だと長崎と大阪で提訴されたとのこと。梅雨の晴れ間のようなニュースでした。その梅雨の晴れ間の午後は元同僚のKさんを誘って自転車散歩に出かけました。彼は市内で生まれて育っているのですが、私ほどうろついていないので未知の場所がかなりあるようです。そこで、2人の家から中度中間くらいの場所で落ち合って、かつては温泉があったという谷を入ってみることにしました。途中に観察会で時折行く池があり、その更に奥にはいくつかの工場と樹木葬もやっている霊園があります。そこまでは1人で行ったことがありました。墓地で掃除をしていた人に更に奥の様子を聞いたところ、昔の温泉宿がまだ残っているとのこと。そこで、更に谷川沿いの道を登ってみることにしました。ずっと舗装はされていて大した坂ではありません。こんなところに、というところに民家が1軒ありました。広い庭があって樹木が茂っていて、川に近い方に平屋の屋根が見えました。どうやらそこが昔の温泉宿のようでした。道はまだ続いていましたが、そこでUターン。目的は1つ達しましたが、彼と別れてから川沿に河口まで出てみることにしました。河口には鳥の姿がありませんでしたが、途中でカルガモの親子に出会いました。帰り着いてサイクルコンピューターを見たら18.49kmでした。

2016年 6月 7日(火)

 今日は梅雨らしい天気になりました。個人的にも少々憂鬱ですが、都知事の枡添さんの答弁を聞いていると更に憂鬱になりました。あれが威勢のよかったかつての政治学者と同一人物でしょうか。国政でも都道府県でも市町村でも「井戸塀政治家」なんてのは化石になってしまったようです。時代も変わっているので、自分の財産を投げ出してまで奉仕する必要もないでしょうが、せめて公私の区別が付けられる人が政治家になって欲しいものです。こんなことを考えていると増々憂鬱になるので、今日も昨日撮った蝶に話題を変えます。今度はルリシジミです。漢字で書くと瑠璃蜆蝶または瑠璃小灰蝶です。蜆は翅の裏面が蜆貝の殻の内側に似ているからで、小灰は灰色だからだそうです。蜆に小が付いていないのは蜆貝は大きな貝ではないからでしょう。灰色といってもハートのような模様も付いていて種類によってこれも違います。ルリは翅の表の色から来ているのでしょう。普通は高く飛ぶ蝶だそうですが、地面の1ヵ所に集まっていました。水分か塩分を吸っているのだと思います。田んぼの縁などには翅の表が赤いベニシジミ(紅蜆蝶または紅小灰蝶)がよくいます。

2016年 6月 6日(月)

 梅雨入り宣言は出ても昨日よりもいい天気でした。山の池のほとりを歩いてきました。オオルリ・キビタキ・サンコウチョウなどの声が聞こえていましたが、姿はなかなか見られませでした。木の間にチラッと動く姿が見えても写真は撮れません。その代わりに近くで姿を見せてくれたのは蝶々たちでした。2年ぶりでテングチョウがかなり発生しているようです。ルリシジミの群も地面で舞っていました。ミスジチョウもいましたが、久しぶりにウラギンシジミにも出会いました。大好きな蝶です。ウラギンは翅の裏が銀色(左下に挿入)という意味ですが、和紙のような感じです。翅を開くと右のように全く違う色合いです。雌はもっと地味な色ですので、これは雄のようです。蝶々も花の蜜を吸うものばかりではありません。これは動物の死体や糞に集まるようです。左下の2頭は猪のらしい糞の止まっていました。

2016年 6月 5日(日)

 とうとう梅雨入りとなりました。午前中は少し雨が降っていましたが、午後には止みました。河口の干潟にいろいろなカニがいます。ここで目立つのはかわいいハクセンシオマネキ。鳥たちはもう雛の巣立ちも終わったころですが、彼らは今が恋の季節の真っ最中。雄たちが片方だけ大きな鋏を盛んに振ってアピールしていますが、もう一方の小さな鋏ではせっせと食事をしています。雌は両方の小さな鋏を使えますが、雄の方は一方でしか使えないので食事には少し不便でしょう。干潟に近づくと一斉に穴の中に隠れますが、少し動かずにいるとすぐ出て来ます。シロチドリが1羽やって来てチョロチョロと走り回っていました。小さなハクセンシオマネキを食べようとしているのでしょうか。でも、なかなかうまくいかなかったようです。嘴が穴に隠れたカニなどを掴み出すようにはできていません。自転車をその店で買えば問題ないのですが、防犯登録を頼んでも個人の店では他のところで買ったものにはいい顔をしません。あっちこっちで聞いてみましたが、手間がかかる上に利益がないからのようです。聞き忘れていた近くのホームセンターで聞いてみたら、あっさりOKということでした。こんな店にはまた行きたくなるのですけどね。

2016年 6月 4日(土)

 今年度の「自然を楽しむ講座」の第1回目。講師には全国カヤネズミネットワーク代表の畠佐代子さんに京都からお出でいただきました。『すぐそこに、カヤネズミ』(くもん出版)が産経児童出版文化賞を受賞されたばかり。東奔西走でお忙しい中をほとんど無料奉仕で来ていただくのに、市内の小学校の運動会で子どもたちも両親・祖父母も期待できないし、大阪湾生き物一斉調査をやっているところもあって関心のありそうな人たちも期待できないので申し訳ないなと思っていました。私も声掛けはしましたが、会員のみなさんのおかけもあり、一般市民の参加もあって予期以上の参加者でホッとしました。流石にカヤネズミ研究の最前線にいる方の話は大変興味深いものでした。わかりやすい言葉でもあり、子どもたちがいないのが本当に残念でした。しかし、1999年、私は自然と本の会の存在すら頭になかった当時、観察会でカヤネズミの巣が発見されていることがわかりました。そして、それを掲載した会報誌も見つかったのも大収穫でした。最近の報告はないようですが、これを機会に可能性のありそうなところをまた調査できたらと思っています。そして、まだまだカヤネズミがいそうな四国にはカヤネズミネットワークの会員が1名もいないので報告もないとのこと。高知の方では私も最近は注意しているのですが、まだいそうなところを探せていません。高知の人たち、援助をお願いします。

2016年 6月 3日(金)

 今日もいい天気でしたが、いいこともありましたね。北海道で森に置き去りにされた小学生が無事で見つかりました。6日間も行方不明ではもうほとんど諦められていたでしょう。海外のニュースでもトップ扱いのようです。私がよく見るBBCでもそうでした。しかし、さすがにお仕置に森に置き去りにされるほどの腕白坊主は逞しく育っているものだと感心しました。いろいろな好条件に恵まれていたこともありますが、彼が無事だった大きな理由は彼自身の逞しさにもあったのだと思います。その場を離れたということは迷った場合の鉄則に反することではありますが、森に置き去りにされてもメソメソせずに自分でそこから逃れる道を見出したのです。見つけられた時も決してメソメソしていなかったのですから、大した度胸の子どもだと思います。躾だとはいえ、親は非難されるべき行動でしたが、それくらいのことをしなければならないほど逞しく育っているともいえるでしょう。将来はどんな人物になるでしょう。

2016年 6月 2日(木)

 今日もいい天気でした。涼しい風が吹いて午前中はちょっと肌寒いほどでした。昼を挟んで会議がありました。暑くもなさそうなので片道30分ほどの距離なので歩きました。それで今日の運動は十分でしたが、夕暮れにまたカメラを持って外に出ました。火星を入れた夜景を撮ってみようかと思ったので、滅多に使わない三脚も持って行きました。昨日の夕暮れの写真を撮ったところと同じ位置からですが、向きは反対です。何とか火星も入ったようです。相変わらず目の前の田んぼでシュレーゲルアオガエルが鳴いていましたが、こちらが動くと鳴くのをやめてしまうのでなかなか姿を見つけられません。子どものころに蟹を釣るための餌としてトノサマガエルを探したことはありますが、それ以外にはカエルなど注目したこともありませんでした。田んぼにいるシュレーゲルアオガエルをしばらく探してみようと思っています。 

2016年 6月 1日(水)

 私には「早くも」という感じで、今年も後半に入りました。今日は結構いい天気でしたが、昼間はずっと家の中で過ごしてしまいました。また夕暮れに散歩に出ました。こちらは田植えが終わっているのはまだほんの一部で、高知の方より2ヵ月は遅いようです。それでもそんな田んぼでは蛙の声も聞こえてきます。シュレーゲルアオガエルだと思うんですが、田んぼで姿を見ることはなかなかできません。「蛙の笛」という童謡が私たちが幼いころの童謡歌手・川田正子の持ち歌でした。彼女は大人になっても童謡を歌い続けていましたが、晩年のコンサートに行ったことがあります。彼女の本にも書いてありますが、その時も「この歌の蛙はカジカガエル」だと言ってました。なるほどカジカはきれいない声で鳴きますが、清流にいる蛙で田んぼには出て来ないと思います。それくらいは知っていましたが、このカエルだというものはまだ知りませんでした。それから半年ほどして、「田んぼでコロロコロコロと鳴」く蛙はシュレーゲルアオガエルだということを知りました。彼女に教えてやりたいと思っていたのですが、間もなく亡くなってしまいました。まだ70才でした。田舎で育っていても私も蛙の姿と声はほとんど一致してませんが、シュレーゲルアオガエルは姿も声も知っている1種です。

2016年 5月31日(火)

 今朝、あるテレビ番組でやってました。クレジットカードにリボ払い専用のがあって、それを知らずに申し込んでかなりの利息を払わされることが起こっているとのこと。申し込み時に口頭で説明していなくても、書かれたものがあれば業者の責任はないとのこと。これも新手の押し付け商法だと思います。一括払いではカード会社の利益が少ないようで、リボ払いの宣伝はこれでもか、これでもかというくらいされます。でも、私が買い物で使っているのはリボ払いができないカードです。そんなカードもあることを知らない人も多いようです。しかし、いろいろな契約をする時に約款や規約などは面倒でも熟読しておくべきだと改めて思いました。そもそも承認しないとそのものが使えないので、ついいい加減で承認をしてしまいます。他人事ではなく心しておくべきことだと思いました。夕暮れに浜辺まで散歩に出てみました。ハマヒルガオはすっかり姿を消して、代わりにコマツヨイグサが咲いていました。外来種ですが、そう悪くはありません。暗くなる帰りに火星が見られることも期待していたのですが、薄雲が空全体を覆っていて残念でした。

2016年 5月30日(月)

 朝はまだ曇っていましたが、昼ごろになるとかなり明るい空になって来ました。明るくなる少し前に庭の松の木にイソヒヨドリの雛が2羽やって来て30分以上も遊んで行ってくれました。ガラス戸越しですが、かなりの枚数の写真を撮らせてくれました。心配したのか親鳥もちょっと姿を見せていましたが、すぐにいなくなりました。1羽が松の葉のところで何か見つけたようでした。昆虫かなと思ったのですが、どうやら松の新芽のようです。虫捕りの練習をしていたのでしょうか、食べられるかどうか試していたのでしょうか。巣足ったばかりで何にも興味津々のようです。イソヒヨドリはこちらでは今は一番よく見る鳥になっていますが、イギリスではまず見られない鳥です。ところが、そんな鳥も『セルボーンの博物誌』には取り上げられています。ギルバート・ホワイトは文献にもよく目を通していたようですし、弟の1人がジブラルタルにいて観察報告を送っていたせいもあります。観察記録を出版したのはまた別の弟でした。弟たちの協力がなければ、彼の観察記録も後世に名著として残ることはなかったでしょう。兄弟姉妹が多いことも仲のいいこともすばらしいことです。

2016年 5月29日(日)

 大した雨ではありませんが、2日も続くと何だか梅雨入りのような気分です。庭の紫陽花もそれを感じたのかのようにぼつぼつ咲き始めました。ラジオ放送など聞いていると、運動会は全国的に初夏の行事になってしまったようです。自然の季節感も失われて来ましたが、人間たちの生活ぶりもかなり変化して来ました。俳句では使えなくなった季語もあるようです。大阪でもこの土日に運動会があった小学校もあるようで、中止になったり延期になったりしたようです。私は来週の土曜日は雨が降ってくれた方がうれしいのですが、梅雨入りはまだ先のようでしばらくはいい天気が続くようです。どうやら、この市の小学校の運動会はできそうです。

2016年 5月28日(土)

 また天気が悪くなって小雨の1日でした。先日、こんな記事が新聞に出ていましたが、それを見る少し前に私のパソコンも勝手に更新されました。しばらく留守にしていたので、「自動的に更新の通知」などまったく見ていませんでした。スイッチを入れて他のことをしていてパソコンのところに戻ると「53%更新」などという画面になっていました。いつもの更新にしたらおかしいとは思いましたが、仕方がないのでそのまま様子を見ていました。すると、「Windows 10 に更新されました」と出て来ました。これは困ります。私はXPでも十分だと思っていので Windows 7 を使える限り使うつもりでいます。OSを更新すると操作方法をまた覚えねばならないことに加えて、使えなくなるソフトがいくつも出て来ます。8 よりも 10 が使い易いと聞いてはいますが、それでも困ります。「規約を承認する」の画面が出て来たので「しない」方をクリクしました。すると、またしばらく時間がかかりましたが、Windows 7 に戻りました。よけいな時間と手間を取られましたが、しつこく出ていた10への更新画面が全く現れなくなりました。怪我の功名的なことで終わってヤレヤレでした。親切なようでも、こんな商売をするようになると先は危ういのではないでしょうか。そして、今日はネットで検索中に「あなたのパソコンはウィルスに犯されています」とか何とかいう警告の音声と画面が現れました。おまけに「ここに電話しなさい」という親切なこと! 詐欺に決まっているので消そうとしたらなかなか消えません。でも、何とか消したのですが、後で考えたらプリントスクリーン([PrtSc]のキーをクリックしてWordなどに張り付け)をしておけば、みなさんの役にも立ったのにとちょっと残念に思っています。実は。その相談を近所の人に夕方にされたばかりでした。見に行ったのですが、画面は平常のようでした。何の異常もなさそうだったので、そのまま帰って来ていたのです。困って、つい電話などしてしまう人もいるでしょうから、こんな商売人は早く何とかしてもらわねば困ります。

2016年 5月27日(金)

 8月ではありませんが、あの日のようにいい天気になりました。アメリカ大統領がやっと広島を訪問。BBCでもトップに取り上げています。ノーベル平和賞をもらった大統領ですが、それに値することはこれまで何も出来ていないように思います。そういう意味でも価値ある訪問だったでしょう。彼の任期は後1年ほどで大して期待はできないでしょうが、平和のための活動は大統領でなくても続けて欲しいものです。日本の総理大臣経験者もそういう方面ではもっと発言や活動をしてもいいのではないでしょうか。ところで、我が家の小さい池にスイレンが数日前から咲いているのですが、その下で泳ぐメダカがめっきり少なくなっているようです。こんなところも表面だけに目を奪われていてはいけないということです。一時は100匹ほどいたのですが、今は20匹もいないかも知れません。水質が悪くなっているのか、近親相姦が進んだのか、繁殖数よりもヤゴたちの数が増えてしまったのか。庭に目を向けることがなかなかできずに過ごしていましたが、原因追求をしてみなければならなくなりました。

2016年 5月26日(木)

 雨は思ったほど降らず曇空続きです。G7の首脳たちも曇空では英虞湾のすばらしい景色を堪能するというわけにはいかなかったようです。会議の中身を象徴しているようでもあります。G7なのに9人いるのは何故だろうと思ったら、ユーロ銀行とEU議会の議長が加わっているとのこと。私の方もあまりおもしろくないことが続いていて気分も少々曇空です。午前中にちょっと出かけていましたが、両脇が田んぼになっている道路に気になるものがありました。ムクドリの死骸でした。目が陥没していたので、死んでから時間が経っているようでした。山の中の道路など車で通っているといろいろな野生動物の死骸が見つかります。たいがいは車に挽かれたものでロード・キルというようです。このムクドリも車に衝突したのでしょうか。それとも猛禽に襲われた結果でしょうか。埋けてやることまでは考えませんでしたが、道路脇の休耕田の縁に置かせてもらいました。自転車もそうですが、長年使っていたモノクロレーザープリンターにドラム交換の表示が出ました。ドラムはかなり高いし、他のところも不具合が出ているので買い替え時のようです。不思議な時代で修理したり部品を交換するより新しく買う方が安かったりします。粗大ゴミは増したくないのですが、新しいのを買うことにしました。新しくなるのはいいのですが、古い方の処分が憂鬱な問題です。

2016年 5月25日(水)

 世界の首脳がやって来てサミット厳重な警戒態勢が取られています。起こってはならない事態に備えることは当然ですが、日本の警察は外国の要人の身は護っても国民の命のことはどうなってるのかと思う事件が次々と起こっています。アイドル刺傷事件も次々と憤りを通り越すような対応ぶりが明らかになっています。被害者が1日も早く意識を回復してくれることを願うのみです。この事件に限らず、「その時にまずすべきこと」が企業でも官公庁でもなされていないように思います。事件が起これば「マニュアルを果然して・・・」などという発言も出て来ますが、マニュアルの問題ではないと思います。現場の1ひとりひとりの職員が「その場その場で今何をすべきか」を判断できるようになっていなければ、これからも次々と信じられないような過ちを繰り返すでしょう。そんなことに比べれば些細なことですが、私のところでも信じられないようなことが起こりました。買ってまだ1ヵ月にもならない自転車ですが、ちょっとした坂道を登って家への帰りを急いでた時のこと。「急に軽くなった」と思ったらチェーンが外れていました。いや、外れたのではなく切れて地面に横たわっていたのです。怪我などはしなかったのでいいのですが、予想もしなかったことです。販売元に電話したら「箱を送るので送り返してくれ」というのですが、金はかならなくても手間と時間がかかります。 

2016年 5月24日(火)

 今日は午前も午後もなかなか忙しい日でしたが、充実した日でもありました。写真も話題もないわけではありませんが、昨日のミサゴ(鶚)の話題にしておきます。ミサゴは猛禽類でも魚の専門家です。カワセミやアジサシ類は頭から突っ込んで嘴で魚を獲りますが、ミサゴは足から飛び込んで掴みます。その魚が大きすぎてなかなか飛びあがれずにしばらく水中でもがいていることもあります。小さな川で鯉を捕まえてもがいているところをすぐ目の前で見たことがありますが、あまりにも近すぎて写真は撮れませんでした。鶚鮨(みさごずし)という言葉があります。ある人が卵か雛を獲ろうと思ったのでしょうか、ミサゴが巣の中で魚が古くなって酸っぱくなっているのを見つけたのだそうです。それが鮨(寿司)の元だという話です。しかし、捕まえた魚はこの写真のようなところですぐに食べてしまいますし、巣に持ち帰る場合には雛がいるからで食べ残されることなどありえません。猿酒という言葉もありますが、猿も酒を造って飲むことはないでしょう。猿と同じく鶚も昔から人間の近くで生活していて親しまれていたということなのでしょう。

2016年 5月23日(月)

 いい天気がつづくようになってうれしいことです。自然と本の会の鳥仲間の遠出で大和川の河口と南港野鳥園へ行きました。大和川は大阪市と堺市の境界を流れる川ですが、かつては日本一の汚い川だと言われていました。でも、今はその汚名は返上できたようです。母校の脇を流れている川でもあり馴染みの川でしたが、河口まで行ったのは初めてでした。人工干潟が出来ていて、そこでカラシラサギ・ホウロクシギ・コアジサシなどが見られました。次いで行った南港野鳥園は久しぶりでした。かつての文化潰しの市長のせいで存続が危うくなっていましたが、野鳥の会やボランティアのみなさんの努力で存続はしていてうれしいことです。ここではミサゴが捕えた魚を食べているところが見られましたし、アオアシシギ(青足鷸)が来ていて私には久しぶりに初めての鳥との出会いになりました。かように私の回りは平穏ですが、自分勝手な論理で人殺しが簡単に行われたり、火事での焼死などが続発しています。迷惑行為の被害届を警察に出していてもまったく防止が出来ていません。この国は根本的に今すべきことに手が回っていないのではないでしょうか。

2016年 5月22日(日)

 淡路島の室津SAの洗面所でのことこと。1人出て行ったばかりで、人は私しかいませんでした。目の前の洗面台に黒いアゲハチョウがヒラヒラではなく、バタッと落ちて来ました。死んでいるのではなく、飛び散った水を吸っているようでした。よっぽど水分不足になっていたようです。写真を撮ってそのままにして出てきたので、後はどうなったのかは知りません。ジャコウアゲハかなと思っていましたが、アゲハモドキの確率が高そうです。ジャコウアゲハは雄が麝香のような匂いがするのが名前の由来とのこと。しかし、それは有毒で鳥に食べられることはまずないのだそうです。アゲハモドキはそれに擬態しているとのこと。その気になれば掴んで匂いを嗅いでみることは簡単にできたはずなんですが、いつも写真を撮るだけで満足してしまうので観察家にも研究者にもまずなれません。

 

2016年 5月21日(土)

 やっと五月晴れが続くようになりましたが、ちょっと歩くと汗ばむようにもなって来ました。北海道が日本で一番暑い日だったとは、信じられないようなことが起こっています。ここ表は国道が走っていてかなり喧しいのですが、裏にはこんな風景が広がっています。冬にはカモ類やクイナ類も見られるのですが、今朝はオオヨシキリ(大葦切)の声が聞こえて来ました。昨夜は蛍が2匹飛んでいました。今年の初蛍でしょうか。散歩していてもこのように茅の生えるところはいくらでもあるので、最近は鳥だけでなくカヤネズミの巣はないかと注意しています。しかし、山際を流れている川ではないので水に浸かったら逃げ込める場所がないので望み薄のようです。

 

2016年 5月20日(金)

 朝の散歩から戻ると同級生が通学の見守りをしていました。働き者の彼は腰が曲がっていました。久しぶりで話をしていたのですが、生徒たちがなかなか来ません。車はたまたま1台しか見えてませんが、交通量はかなりあるところです。10分以上待ってやっと小学生が2人来ました。小学校と中学校は並んであるのですが、ここから10分ほどかかります。彼の話によると、今年の新入生は少し増えて18人だとのこと。それは嬉しいことですが、6人しかいない学年がある中学校が廃校になりそうだとのこと。そんなに少ない理由はサッカーができないので、村の中央の学校に何人も行っているからとのこと。道理で、自転車の中学生が何人か反対方向に行っていました。現在のところは私が通った学校は小学校から大学まで全部あるのですが、サッカーのために中学校が消えそうだとは思いませんでした。私が通っていたころも人数は多くはなかったのですが、登校したら授業が始まるまで、クラブ活動ではなく、学年を越えてみんなでサッカーやソフトボールなどやっていました。人数の少ない学校のいいところです。でも、少な過ぎるとそんなことを言ってられなくなりますね。

2016年 5月19日(木)

 今日もまずまずいい天気でしたが、気温はかなり上がって来ました。朝の散歩で桑の実を採ってきました。熟れて道に落ちているのもかなりありますが、l枝にはまだ青いのと熟れた色のが混じってあります。触ったらポロッと取れるのだけを採って来たのですが、量は僅かです。ジャムにしようと煮てみたのですが、なかなか潰れずに以前のようにはうまくいきませんでした。どうやら異常気候にあわせて早熟になっているようで、水分が足りなさそうです。家の塀にはスイカズラ(忍冬または金銀花)が咲いていたので、ちょっとかわいそうでしたが、手の届く範囲のを摘み取りました。計ってみたらたった20gしかありませんでしたが、忍冬酒を作ってみることにしました。徳川家康が愛飲していた長寿酒だとか。これは焼酎の中に漬けておけばいいだけなので、ジャムよりはずっと簡単です。

2016年 5月18日(水)

 今朝は5時頃目が覚めてしまったので日が出てすぐに昨日とは逆に下流の方へ朝日に向かって散歩にで出ました。早かったせいで川霧も見られたし、草の上の朝露が輝いていました。池の畔で日を背にするところに行くと、自分の影が池の中で輝いていました。残念ながら、写真では輝きは見えませんが、草の上の朝露で起こった一種のブロッケン現象でしょう。ふと「池塘春草夢」という言葉が浮かんで来ました。こんな低地の湿原は池塘とは言わないでしょうが、朱熹の「少年易老学難成/一寸光陰不可軽/未覚池塘春草夢/階前梧葉已秋声」の一節です。幼時を振り返ってみても大した夢があったわけではありませんが、「已に秋声」の年齢には成りました。好奇心はまだ旺盛なつもりなので、広く浅くでも日々の生活に楽しみを見出してこれからも過ごしたいと思っています。輝く自分の影が見られて「早起きは三文の得」がありました。

2016年 5月17日(火)

 いい天気になったので、久しぶりに朝食前の散歩に川の上流に向かって行って見ました。残念ながらこれといった鳥との出会いはありませんでした。毎年見ていたクサシギの姿も見えませんでした。しかし、去年は聞こえなかったオオヨシキリの声が聞こえて来ました。そしてもう1つ嬉しかったことは、帰りに出会った小学生たちが「おはようございます」と言ってくれたことです。最近は「知らない人に声をかけてはいけない」と指導されているやに聞きますが、ここらはそんなことはないようです。天気のように爽やかでした。

2016年 5月16日(月)

 朝からのかなり激しい雨で川の水がかなり増しました。でも、これくらいはしゅっちゅうのことです。川端のウツギの花がもう咲いています。楝(おうち=センダン=栴檀)の花はまだだし、ホトトギスやクイナの声もまだですが、この花を見ると「♩卯の花の匂う垣根・・・」という歌(「夏は来ぬ」)が浮かんで来ます。夜には雨も止みました。月夜ではありませんが、「蛙の笛」のシュレーゲルアオガエルの声が聞こえています。

 

2016年 5月15日(日)

 朝はいい天気でしたが、午後にはかなり雲が多くなって来ました。もう少し晴れの日が続くといいのですが、またいろいろ影響が出るでしょう。せめて地震は早く収まって欲しいものです。人間が暮らすには家が必要ですが、もう少し自然に添ったというか、自然を生かしたというか、そういう建物にすべきではないかと思っています。屋根が生きた草葺きなんてのもなかなかなかおもしろいのではないでしょうか。管理の問題もいろいろあるでしょうが、夏涼しく冬暖かい家になると思います。床の方も地熱利用をすれば、冷暖房費も殆ど不要な家ができるはずです。スエーデンではそんな家に泊まったことがあるのですが、日本ではまだあまり見かけません。多分、常識が邪魔をするのでしょう。この写真はギャラリーで、残念ながら住宅ではありませんが、1つの実践だと思います。

2016年 5月14日(土)

 今日もいい天気になりました。やっと五月晴れが続きそうです。今日も出かけたくてウズウズしてはいましたが、どうしても今日中に仕上げねばならないことがって終日家の中でした。『セルボーンの博物誌』は200年以上前に出た自然観察の本ですが、著者のギルバート・ホワイトは野鳥のことを多く取り上げています。しかし、彼の住んでいたところはセルボーンという内陸部の村なので海辺の鳥のことはほとんど出て来ません。それで、「嘴の軟らかい鳥」と「嘴の硬い鳥」という分類をしています。前者は昆虫などを食べる鳥で、後者は穀類や種子を食べる鳥です。でも、実際には嘴の種類はもっと様々です。長かったり、短かったり、真っ直ぐで長かったり、上向きに反っていたり、下向きに反っていたり。それぞれに餌になるものを捕えやすいように進化して来たようです。今、渡って来ているキョウジョシギ(京女鷸)の嘴は太くて短いものです。その頑丈な嘴で自分の頭の数倍もあるような石でもたやすくひっくり返して、その下に潜んでいるカニややゴカイなどを食べているようです。英語名の Turn Stone がその特色をよく表しています。

2016年 5月13日(金)

 今日は薄雲がかかっていましたが、まずまずいい天気でした。夕方になってちょっと電車で出かけました。親しかった人たちの会食なのですが「13日の金曜日に集まる」ということになっています。これまでは誘われてもなかなか行けなかったのですが、行事予定が入ってなかったので行って来ました。料亭の小さな部屋に通されたのですが、ちょうど夕陽が部屋の中に入って来て床の間にあたっていい雰囲気になっていました。少人数でしたが、十数年ぶりに会う人もあって楽しい会食でした。ところで都知事になった升添さんが家族の分まで公金で出したと批判されています。「彼がコメンテイターだったらどういうだろう」とテレビでキャスターが言っていましたが、彼のような人でもそれくらいのモラルしか持ち合わせていなかったとは情けない話です。東京オリンピックにも裏で大きな金が動いていたという話も出て来ました。日本を代表する企業も国民の信頼を裏切る不正が次々と明らかになっています。東北の復興もまだまだというのに、熊本の地震からの復興もこれからです。またどこかで大災害が起こらないとは言えません。政治家たちがまず正当な金の使い方をしてくれなければ「日本沈没」が本当になります。

2016年 5月12日(木)

 やっと五月晴れになりました。まだ締切に追われていることがあるのですが、こんないい天気に家の中にばかりはいられません。新しくなった自転車で河口まで出かけて来ました。これまでよりは行きも帰りも楽です。実はまだ防犯登録をしていないのですが、儲けにはならないことなので、自転車店では自分とこで買わないとなかなかやってくれません。かなり遠出をすればやってくれるところがあるのを知っているのですが、河口へ行く途中で以前にペダルを換えてもらって顔見知りになった自転車店があるので寄ってみました。案の定、「儲けにならない。買ったところでやればいいのに」と言われれましたが、アマゾンで買うとそれはないのです。ともかく、販売を証明する書類を持って来いということになりました。さて、河口の浜を覗いてみると珍しく誰もいませんでした。こうなると鳥たちの天国ですし、私にも至福の時です。石ころの浜にはキョウジョシギの群がたくさんいましたし、ハマシギやキアシシギの姿も見えました。この間と違ったのはコアジサシもたくさんいたことです。そして時折「出撃」して魚獲りをしていました。残念ながらダイビングしていたところは遠すぎましたので、その前の写真です。

2016年 5 月11日(水)

 梅雨みたいな天気が続いているかと思ったら、昨夜はまるで台風でした。午前中もまだ時に雨が降って来ましたが、夕方にはやっと青空が現れました。農作業をしなければならない人たちは気候が安定しないのでなかなか大変だろうと思います。その点では非生産者の私は気楽なものですが、小さな事件はいろいろ起こります。長年愛用してかなりガタが来ていた自転車ですが、タイヤやペダルを替えたりして使っていました。しかし、先日、とうとうハンドルの部分に致命的損傷が起きました。次の候補は考えていたのですが、取り寄せに日数がかかりそうでした。そこで通販で直ぐに届く別の品を注文しました。できるだけ悪い評価がないもので値段も手ごろなクロスバイクを選んだら白が主体で一部が金と黒というかなり目立つものが届きました。もっとも、並んでいる古いのも黄色主体で最初はかなり目立っていましたが、汚れて来て最近はあまり目立たなくなっていました。今度のは折り畳みではありませんが、前輪クイックリリース。その前輪とハンドルとサドルとペダルは自分で組み立てでした。泥除けは付いてなかったので、追加注文。荷台は古いのに付けてあったのを再利用。サイクルコンピューターは不調になっていたので新たに購入しました。これがあるとないでは、乗る楽しさがかなり違ってきます。車輪の径も軽さも最初に買ったシティバイクなみになり、より軽快に走れるようになりました。電動アシストがなくてもまだまだ大丈夫のつもりです。

2016年 5月10日(火)

 午前中はまだ降ってませんでしたが、午後は風も出て来て酷い天気になりました。そこでまた一昨日の写真登場です。これはもっと前から見つけていたのですが、水の中なのでうまく撮れていませんでした。何とかわかるように撮れたのがこれ。形が崩れていますが、グルグルと巻いた砂の塊の近くに一方が海底の砂にくっついて風船のようなものがいくつもありました。以前にこんな砂の山がたくさんあるを見たことがありました。その時はギボシムシという名前に行き当たったので、これもそうかと思っていたのですが、違いいました。タマシキゴカイの糞塊と卵塊だそうです。この糞塊を足先で崩してみましたが、何もいませんでした。でも、そんなことではなかなか見つけられないのだそうです。大きなシャベルでも使ってかなり深く掘ったら見つかるかも知れないということです。私は海辺で生まれてはいますが、育ったのは海からは少し離れたところでした。川ではよく遊んだので、川の生き物はそこそこ知っています。でも、海はあまり馴染んでいないので、名前も知らない生き物がまだたくさんいるようです。爺ちゃんになってもこんなものを見つけるとうれしくなります。子どもたちにこんな機会をより多く与えてやりたいものです。

2016年 5月 9日(月)

 また雨の1日になりました。昨日の「清掃と浜遊び」の企画は1日違いで大成功でした。こちらの写真を先に出すべきだったかも知れませんが、1日1枚の写真と記事に拘ってますのでその日の写真でないことも時折あるのでお許しを。記念写真はセルフターマーで撮るつもりでしたが、申し出てくれた人がいたのでシャッターを押してもらいました。もちろんその人を入れたのも撮ってあります。4月9日にも下見という名目で同じ場所の清掃をしたのですが、その時は清掃が主体になって遊びはほんの少しでした。干潟が現れる前にほとんどの人たちが帰ってしまったので、一番すばらしいところを見ずに帰られてしまいました。子どもたちはもっといたかったようですが、親が帰るというとそういうわけにはいきません。その経験を活かして昼食後の開始にした甲斐がありました。掃除をしている間に干潟が姿を現していたので、浜にいてもすばらしい景色が楽しめました。いつも協力いただいている老人保健施設の人たちも日頃は見られない風景を上から楽しんでくれていたそうです。子どもたちは全員が干潟に渡って楽しんでくれたと思います。渡った大人たちももちろん、日ごろは見られない風景と生き物を堪能できたと思います。掃除だけでもいい気分にはなりますが、こういうことがあるともっと楽しくなります。会員外の人たちも参加してもらうためにもよかったと思っています。

2016年 5月 8日(金)

 ハマヒルガオが咲き誇る浜の掃除は大人13人・子ども7人・高校生4人の参加でした。会員でない親子も参加してくれていてうれしいことでした。掃除は12時半から30分ほどで終了。ゴミはいつもくらいで12袋でした。いつもは掃除だけで楽しみはほとんどなしですが、今日は花もきれいだったし、珍しい生き物にもたくさん出会えて実に楽しい数時間でした。ハマビルガオと引き潮で現れた干潟を入れて記念写真も撮りました。後はてんでに干潟に渡って遊んでもらいました。もちろん私も行きましたが、今日はまた格別でした。浅くなった水の中にも干潟の上にも初めて見る生き物がいろいろいました。後で調べたり聞いたりしたら名前はかなりわかりましたが、誰もが首を傾げたのが砂の中から出て来た棘だらけの生き物。ヤマアラシのような棘ですが、底面は平らでノロリノロリと移動していました。きっと砂の中に水が無くなり暑くもなったので、水の中に行きたかったのだと思います。悪戯してひっくり返してみたら、背中の棘を立てて必死で起き上がろうとしていました。何度やってもダメでしたので元に戻してやりました。残念ながら潮が満ち始めたので行方は見定めずに引き上げました。さて、この生物は何でしょうか。

 *** わかりました。海の中にも文福茶釜がいたとは。ブンブクチャガマ科のオカメブンブクだそうです。ウニとは違うと思いましたが、ウニ仲間だそうです。水の中では動くのがずっと早いようです。

2016年 5月 7日(土)

 まだ曇空でしたが、天気は回復に向かっているようです。浜の掃除を明日にしてよかったようです。午後は絵本作家の長谷川義史さんの講演会があったので、余席があれば行こうと思っていたのですが満席とのこと。そこで、明日の掃除の場所をもう一度下見して来ました。ハマヒルガオが相変わらずきれいです。写真を撮りに来ている人もいました。ハマボウフウもかなり咲いて来ましたが、こちらはあまりきれいな花ではありません。干潟へもまた渡って来ましたが、明日はもっと引くはずなのでひょっとすると水に濡れずに行けるかも知れません。そこから海岸沿いにいつもの河口まで自転車を走らせました。土曜日でもあり、潮もよく引いているので遊びに来ている人たちがかなりいました。こういう時は鳥撮りにはあまりよくありません。しかし、しばらくすると潮もだんんだん満ちて来てそういう人たちがいなくなると遠くで声がしていた鳥たちが姿を現し始めました。キアシシギ・チュウシャクシギ・キョウジョシギ、時折コアジサシが姿を現していました。コアジサシまで1枚の写真に収めることはできませんでしたが、3種類は何とか画面に入りました。姿や色合いは違ってもそれぞれなかなかの保護色になっていて、動いてくれないとどこにいるのかわからないほどです。鳥を見慣れていない人は近くにいても気がつかないと思います。

2016年 5月 6日(金)

 午前中は大丈夫かと思っていたら、昼前にはもう雨が降り出しました。でも、ずっと小雨という程度でした。大して濡れるほどではなかったので午後はそんな雨の中を30分ほど歩きました。この頃はハマヒルガオの勢いが強くなっていると感じていましたが、その途中の道の脇でかなり咲いているのに出会いました。海からは1kmくらいは離れている内陸部の車道の斜面です。気候が変動しているせいか、野鳥にも野草にもこれまでとは変わった様子がよく見られます。これらは人間に対する何かの先触れだと思うのですが、鈍感になっている私たちは実際にそれが起こってみるまでわかりません。思い出すのは田舎でのことですが、近くの国道の橋の下で何年も営巣していたイワツバメが来なくなった年には家が浸かるほどの洪水がありました。もっと上流でオオヨシキリが毎年よく鳴いているところがありました。ところが、その翌年、つまり去年ですが、オオヨシキリの声がしていませんでした。そこはこれまでは川の氾濫もなかったところなので、何故だろうと思っていました。私はその時はいませんでしたが、その近くで土砂崩れがあってその影響でやはりそこが氾濫したのだそうです。

2016年 5月 5日(木)

 昨日同様にいい天気でした。私の周りでは子どもたちの平和な姿が見られましたが、思わぬ事故で幼い命が失われたというニュースもありました。また、子どもの声が迷惑だからという理由で保育園建設ができなかったり、子どもたちを取り巻く環境は厳しくなっているようです。ともあれ、今日は室内での子どもたちへの奉仕活動で出かました。紙と自然素材(木の枝や実など)を使った工作と缶バッジ作成などをしてもらうためです。かなり賑わっていましたが、ここでも親の方が夢中になってやっている様子も見られました。それもまたよしです。十分に楽しんでもらえたようです。もっとも、私は今日もあまり手出しをする必要はありませんでした。明日も出かける予定があって、その準備で途中で抜けてもいました。結局、手伝ったのは後始末くらいでした。なら、いなくてもいいようなものですが、そういうわけにもいかないところが最近のちょと辛いところです。

2016年 5月 4日(水)

 昨夜はかなりの荒れ模様でしたが、朝になると意外なほどいい天気になっていました。5月4日が恒例になっている川の生き物観察会。約50人の親子や祖父母の参加がありました。雨はあまり降らなかったようで、水は全く濁っていませんでした。私もショートパンツで水に入ってみましたが、まだかなり冷たく感じました。でも、そんなことにはおかまいなく、てんでに網を持って水の中に入っていました。私の役割は記録写真と見守り程度でしたが、見ていると網があってもどうやったらエビや魚が獲れるのか知らない家族もいました。こんなときは子どものころの体験が役立ちます。少し教えてやると、ちゃんと獲れて喜んでいました。水際の草の中で羽化したばかりのヤマサナエを見つけた子どももいました。大人の目線では見つけにくいところだったので、大手柄というところです。ウナギヤやアユの稚魚もいてなかなか多様な生き物が見られましたが、飼育や放流が禁止されているゼニガメやアメリカザリガニなど特定外来種もいました。みんなが捕獲した生き物は水槽に集めて名前など教えてもらってから川に戻されました。ただし、特定外来種はかわいそうですが、、、。

2016年 5月 3日(火)

 憲法記念日ですが、いつも思うことは私たちの世代が戦後の一番いい時代を生きて来たのではないかということです。親の世代では義務であった戦争に行くことや協力する必要もありませんでした。子どもの頃は今思えば貧しい生活でしたが、高度経済成長の恩恵も受けました。そして、退職後も仕事をしなくても年金でそこそこの暮らしが出来ています。今後もそれは続いて欲しいのですが、ほとんど期待できそうにありません。そして「普通の国にする」ということで、またも戦死者を出す国にしようとしています。トップがとかく問題発言をしているNHKですが、その調査では憲法九条を無くすことには反対が50%以上であったということです。まだ望みはありそうです。一党独裁は専制政治と同じ結果に陥ります。いつまでも多様性を認める国であって欲しいものです。今日はちょっと遠出をする予定だったのですが、気温の変化も激しいからか、ちょっと調子が悪くて終日家に籠っていました。そして、結局は何年もかかってしまった課題がやっと仕上がった日となり、私にとっては別の記念日ともなりました。

2016年 5月 2日(月)

 今日もいい天気でした。温度は気にしていませんでしが、どうやら夏日だったようです。8日に掃除をすることになっている浜の様子を見て来ました。ハマヒルガオが満開でなかなかきれいでした。隣のハマボウフウも咲き始めています。ハマヒルガオの方が勢いが強いようで、ハマボウフウの方にまで進出しています。これからこの浜の一番いい時がしばらく続きますが、7日と8日は大潮でもあるので午後にはいつもは見えない干潟も現れます。ゴミもかなりありました。そこにしばらくいましたが、すぐ近くに住んでいる元同僚で少し年上のHさんとこへ寄ってお喋りをして来ました。いつもお知らせなしの訪問ですが、歓迎してもらえます。最近の貝毒の発生で子どもの頃から馴染みのアサリが食べられないと嘆いていました。しかし、ハマヒルガオやハマボウフウの花、ウミボタルが見られることは知らないようでしたので案内しておきました。

2016年 5月 1日(日)

 もう5月。夕方にはまた雲が多くなって来ましたが、家の中にいるのはもったいない天気でした。でも、夕方に必要に迫られてちょっと買い物に出かけただけでした。そこで昨日の写真なんですが、ハマシギの飛び姿です。私のカメラでは飛んでいるところを撮ろうと思っても、なかなかピントが合わないのでたいがい諦めています。これは地上にいるのを撮っていた時に飛んだから撮れた偶然の1枚というところです。腕の問題もありますが、もっといいカメラとレンズも欲しいと思うこともあります。しかし、なかなか手が出ません。ところで、中央部の山々では遭難事故が続発で死者も出ているとか。北海道も雪だということですが、高山もまだ冬のようです。九州の地震も続いているし、仲のいい国だと思っていた台湾とも不穏な騒動が起こっています。内も外も明るいニュースがなかなかありませんが、首相はまた外遊のようです。必要なことなんでしょうが、どうもいい気はしません。

2016年 4月30日(土)

  4日ぶりにいい天気になりました。今日もほとんど家の中に籠ってパソコンの前でしたが、籠ってばかりではもったいないので近所の田んぼでも見て来ようと出かけました。折よく、近所のTさんも出かけるところで、河口へ鳥撮りに行くというので同行しました。釣りや遊びに来ている家族連れが何組かいました。最近はかつてのようにたくさんの鳥の姿を見ることは少なくなりましたが、探せばまだ何かはいるところです。そのうちチュウシャクシギ(中杓鷸)のピポピポピポという爽やかな声が聞こえて来ました。コアジサシ(小鯵刺)やメダイチドリ(目大千鳥)やハマシギ(浜鷸)も目に入って来ました。Tさんはコアジサシのダイビングを撮ると突堤に坐りこんでいましたが、私は相変わらずのウロツキ派。川の方へも行って少し離れた干潟へも行ってみました。川の方でも見ましたが、チュウシャクシギが1羽歩いていました。少し離れたところに群がいましたが、鳥の中にも孤独を愛するものもいるようです。見ていると疲れたのか脚を折って坐り込んでしまいました。その前にハマシギたちがやって来ても彼らを眺めているだけでした。ハマシギは腹がかなり黒くなっています。同じように腹部が黒くなる少し大きいムナグロ(胸黒)も1週間ほど前にはいたようですが、もう姿はありませんでした。ともかく、楽しく1時間ほどの散歩ができました。

2016年 4月29日(金)

 ちょっと寒かったり、暑かったりですが、季節は確実に進んでいるようです。我が家の庭も新緑が目立つようになり、地植えの宿根草も花盛りになって来ました。シラン(紫蘭)は咲いていますが、ガンセキランは(岩石蘭)は後少しというところです。塀にはジャスミンの花が咲き誇っています。ジャスミン(jasmine)の原産地はイランだとのことで、シルクロードを通って中国に伝わり盛んに栽培されるようになったようです。中国語では茉莉花(モリーファ)ですが、寒い地方では地植えでは無理なようです。花茶というとジャスミン茶が代表のようですが、庭でたくさん咲いていてもこれで茶を作るわけにはいかないようです。ジャスミンの香を茶葉に吸収させなければならないそうで、特殊な技術を要するようです。そして使う茶葉の質によって値段もかなり違うということです。

 2016年 4月28日(木)

 曇がちで時折小雨の降る天気でした。あっちこっちにあるハナミズキの花も盛りも過ぎて来たようです。今日も午前中は行事の打ち合わせなどで出かけていて、なかなか散歩をする時間がとれません。そんな中でこんなものも作りました。5月8日(日)がどうやら1年で一番潮が引く日のようです。使った写真は4月9日(土)のものですが、この時で潮位表では-1cm。5月8日は-7cmなので干潟がもっと広くなると思います。この近くの人はぜひ見に来てください。掃除も手伝っていただければうれしいことです。この近くでなくても、どこの海辺でもその時間帯には普段見慣れたのとは違う風景が出現すると思います。調子に乗って貝堀や遊びに夢中になっていると潮が満ちて来るので、時計を見ながらにしてください。前日でも-4cmなので日曜日に無理な人は土曜日にどうぞ。

2016年 4月27日(水)

 天気がおもしろいほど毎日変わります。晴れた日が2日と続かないことがあたりまえになったようです。気温もまた極端に変化していますが、今のところは何とか体調を崩すことなく過ごせているのは幸いなことです。九州の新幹線がやっと開通したといっても、被災地の人びとにどれだけの喜びがあるでしょうか。長引く避難生活は精神的にも肉体的にも限界に来ているのではないでしょうか。太平洋の向こう側のエクアドルでも大地震がありました。BBC News を見ていると救助犬が熱中症で亡くなったという記事が出ていました。健康に見えても死はいつやって来るかわかりません。大変な重労働に従事しているのに、汗をかくことができない彼らの体調にも気をつけてやらねばなりません。ところで、夜はいつもラジオ深夜便を聞きながら眠りにつくのですが、何を聞いたのか覚えていないこともあります。そこで気になったことはできるだけ書いておくことにしています。その1つに堀明子さんの詩集がありました。彼女もまた高校1年生の時に事故で亡くなったということですが、小学生のころからのノートにたくさんの詩が書かれていたそうです。それが出版されていることを知りました。市立図書館にそのうちの1冊『つぼみたくさん』というのがあったので借りて来ました。読んでいるとやさい気持ちになります。

2016年 4月26日(火)

 今日は長袖だと暑く感じる日でした。新聞には「特定秘密新たに62件」という怖ろしい記事が出ていました。その内容に関しては何の説明もなく国民の目の届かないところに隠されて行く事柄がどんどん増やされているようです。これで民主主義の国何でしょうか。それに比べれば子どものころは怖ろしいと思ったこの顔はそんなに怖くはありません。むしろ親しみを覚えます。少し小さいのがもう1体あります。今は2体とも新築された小さな本堂に安置されていますが、小さい方は山の上のお堂の中にあったと思います。子どものころ、山に登った時に恐々お堂に中を覗いていました。薄暗くても目はこちらを睨んでいるように見えました。勝手に「山姥」と言っていましたが、どうやら役行者の像のようです。寺のある山の上は修験の業場になっていた痕跡があちらこちらで今も見られます。役行者にまつわる話は何も伝わっていないようですが、若い住職が護摩を焚いたり業場を復活しようとしています。

2016年 4月25日(月)

 墓地へ行くとテンナンショウ(天南星)がいくつか咲いていました。世界では150種、日本でも30種はあるそうで、私には個別の名前はわかりません。こんなのに出逢えるのは褒美のようなもので、目的は墓地の中や周辺に出ている筍の処理。小さなのがあればもちろん食用に掘って帰りますが、丁度なのはわずかです。結局、大小32本を伐り倒しました。軟らかいので半時間ほどで済みましたが、夏まで放っておいて竹になってからだと何日かかるかわかりません。竹退治が我が家の墓地管理の苦労の1つです。

2016年 4月24日(日)

 今日は2回目の大滝山の山上ヨガの日でした。雨は止んでましたが、危険防止ということで中止。代わりに寺の本堂で護摩供養をしてからヨガをするとのこと。「それもまたよし」と出かけました。我が家は一応は檀家なんですが、葬式とそれに続く法事だけの寺なんて私は全く興味がありません。最近は檀家費も払ってませんでした。ところが若い住職になってかなり変わりつつあります。宗派も変わって本山修験宗。何宗であろうと信仰心の乏しい私ですから、あまり関係ないのですが、自然派は歓迎です。山上だからヨガにも参加するだけです。ヨガの指導は毎年のようにインドへ出かけて修行をしているという本格派の檀家の女性。参加費は無料なんですが、今回は1回目より少ない女5・男2でした。でも、いろいろ挑戦している若い住職を応援したいと思っています。檀家費もついに払い始めました。

2016年 4月23日(土)

 天気も気温も相変わらず日替わりです。朝はまだそこそこの天気でしたが、昼を過ぎるともう雨になりました。田舎の家にいると時に珍しい客がやって来ます。「おや、カンタロウ(=シーボルトミミズ)が」と思ってよく見たら違いました。どう見ても蛭(ヒル)。子どものころ田んぼで見たり、吸い付かれたりしたけど、それらは小さなものでした。ボルネオも森でも見ましたが、それも小さいものでした。日本にこんなに大きなのがいたとは驚きました。巨大なナメクジにも何年か前に山際の道で出会ったし、まだまだ知らない生き物が身近にいるようです。

2016年 4月22日(金)

 今度は神戸で信じられないような事故でまた死者が。技術的には世界一だと思っていた日本ですが、根本的なところに弛みが出ているようです。朝からいい天気だったので、ずっと以前から気になっていながら行く機会がなかったところへ行って来ました。日本一の清流・仁淀川の上流部にある沢渡(さわたり:中腹の屋並のあるところ)という集落。車がやっと1台通れるくらいの道の上の斜面に家々がへばりついている感じです。高知県では有名な秋葉祭を担う集落の1つですが、茶所でもあります。我が連れ合いが幼い頃に3年ほど過ごしたというところでもあります。その弟夫婦と行ったのですが、会いたい人もいたからです。しかし、ちょうど新茶の取り入れで超多忙時だったので会うのは断念しました。元小学校の校庭の一角に製茶工場がありました。摘んだ茶葉を次々と軽トラで運んで来ていました。邪魔になるので入り口から覗いただけでしたが、車毎に計量して茶葉を袋から出しすと後は機械任せで出来上がるようです。紅茶も作っているので、また行ってみたいと思っています。

2016年 4月21日(木)

 予報どおり朝から雨でした。大雨にはなりませんでしたが日没ごろまで続いていたので、川の水は少し増えました。終日家でパソコンやタブレットと睨めっこをして過ごしました。疲れたらテレビを観たり、昼寝をしたりでした。ほとんど放ったらかしの狭い庭では三つ葉と蕗がよく育っています。虎杖まで生えています。夕方、まだ雨は止んでませんでしたが、蕗を刈り取って刻んでアク抜きをしました。どんな御菜にあるのかはわかりませんが、近いうちに口に入るでしょう。先ほど、高知県東部でも地震があったと報じられました。南海地震の先触れでなければいいのですが。

2016年 4月20日(水)

 いい天気はたった1日でした。雲が増えて来ましたが、明日はまた荒れるようです。早苗が植わった田んぼにコガモの群がいました。ヒドリガモやコガモは来るのも早くて去るのも遅いのですが、この時期までいるのは初めて見ました。まるで仮面を付けているようなコガモの雄の顔に初めて出会った時は驚いたものでしたが、今でも見ると楽しくなります。ところが、地震でただでさえ暗い気持ちになっているのに、またも日本の企業の不正が明らかにされました。次から次へと大企業の情けない状態が表面化してきます。企業のモラルが低いということは、日本人は個人としてのモラルも低くなっているということでしょうか。

2016年 4月19日(火)

 朝からいい天気でしたが、九州の地震は未だに続いていて悲しくなります。どこまで耐えたらいいというのでしょうか。地震は起こっていなくても激変する気温変化に日々が続いていますが、私の住むところはまずまず平穏です。今日は大移動をしてきましたが、もう田植えがされていました。ここも平穏そのものですが、何度かは大洪水を体験したところです。しかし、1週間も続くことはなかったし、命を失った人もほとんどいません。災害列島の日本ではまだいい方かもしれません。もっとも、予想もできなかったことが起こる世ですから、どこでも安心はしてられません。明日はこちらで耐震工事の打ち合わせです。

2016年 4月18日(月)

 また日替わり天気で少し雨も降り、気温もぐっと下がりました。野辺を歩くとこんな花がたくさん咲いています。小さな花ですが、群生していてなかなかきれいです。マツバウンランというようですが、私が生まれた年に京都市で発見された外来種だそうです。原産地は北アメリカだそうです、西日本ではごく普通に見られほど広がっているようです。こちらは散歩を楽しむこともできていますが、九州の地震は相変わらず続いているようで「有史以来」ということになるのではないでしょうか。早く止まって欲しいものです。太平洋の向こうでも大地震が起こっています。地球に異変が起こっているのですから、国どうし・人間どうしが戦っている時代ではないと思うのですが。

2016年 4月17日(日)

 九州の地震は未だに止まず、範囲も広がり、ますます酷いこといなって来ました。あの最初の一撃が前触れに過ぎなかったとは。これほどの大きさで長く続くのも歴史的に珍しいのではないでしょうか。幼い頃に南海地震を体験しましたが、範囲は広くてもこれほど酷くはなかったように思います。一刻も早い休止とこれ以上の命が失われないことを祈るのみです。こちらは昨夜から暴風雨でした。朝には雨は止んでいましたが、強い風は昼過ぎても吹いていました。そして風が止むと今度は一気に夏がやって来ました。午後は日当たりのいい私の部屋は29℃になっていました。夕方、ちょっとだけ散歩に出ました。ウグイスもホオジロも囀っていましたが、ツグミもまだいます。この分では留鳥になってしまうのではないでしょうか。家の近くまで帰って来るとツバメが砂利をしいた空地にやって来ていました。こんなところで何をしているのだろうと思ったら、巣材集めでした。枯草の茎を運んでいるようでした。

2016年 4月16日(土)

 熊本を中心とした九州の地震はますます酷い様子になって来ました。津浪と放射能がないだけまだましですが、阿蘇山も噴火を始めているというし、大雨も予想されています。一刻も早く余震が収まって、これ以上の災害にならないように祈るのみです。こちらは平穏が日が続いていますが、誰にいつ何が起こるかわからない時代です。日々を大切にしたいものですが、今日も余生を送っているつもりの身には忙しい日でした。午前中は「自然と本の会」の総会でしたが、その会場だった市の中心部でシジュウカラの声を聞きました。もっと田舎なら人里で囀っていましたが、この鳥たちも街中に写って来たのでしょうか。帰り道で出会ったのがハクセキレイ。この鳥が今は住宅地で一番身近で見られる鳥になりました。ジョウビタキが人を恐れないので「バカビタキ」とも呼ばれますが、それ以上に人を恐れていません。でも、どうやら神代の昔からそうだったようで、伊弉諾(いざなぎ)と伊弉冉(いざなみ)の神様たちに恋の道を教えたということで「恋教え鳥」ともいわれます。家に帰ればまだまだやらねばならないことを抱えていて、パソコンの前に坐りっぱなしでした。といっても目の疲れと眠気には勝てず、昼寝もたっぷりしました。それでも、気分的にはのんびりしているとは感じられない日々ですが、こんな日々が続くのが幸せなんだとは思っています。

2016年 4月15日(金)

 寒くなるのかと思ったのですが、それほど気温は下がらずヤレヤレでした。昨日の桜のある桜並木の桜祭りが今日と明日です。子どもたちがたくさん集まっているのを久しぶりに見ました。祭といってもここは神社もないし、宗教色は全くありません。舞台のようなものもないので、音楽や演芸のようなものもありません。桜並木が歩行者天国になって屋台の店が並んでいるだけのことです。子どもたちの楽しみにはそれで十分でしょう。私もちょと歩いてみましたが、近所ながらしばらく顔を見なかった人が孫と来ているのに出会いました。しばらく話して歩きかけたら携帯のアラームが鳴りました。歯科の予約をしているのをすっかり忘れていました。毎年1回は点検をしてもらっているのですが、昨日出かけたら奥歯にちょっと欠けたところがありました。昨日はそれを詰めてくれたのですが、今日は仕上げでした。昨日は580円で今日は50円でした。それはありがたいのですが、後期高齢者になって保険料の追加支払の請求が来ています。これから毎月なのでこれはちと痛い金額ですが、今の情勢では仕方がないでしょうね。大した病気もせずに元気でいられるのを喜ぶべきでしょう。

2016年 4月14日(木)

 今日は夏が近いことを思わすような気温でしたが、明日はまた寒さが来るとか。もう異常が普通になりつつあるようです。山桜や染井吉野はあらかた散ってしまったようですが、近くの通称「桜並木」ではこれからが本番で今週末に「桜祭り」があります。造幣局の桜もまだ見られますが、あそこへ行ったのはもう何年前でしょうか。大学の同窓会があって、その後で特に親しかった何人かで通り抜けをしました。しかし、その中の1人とはそれが最後となりました。その夏、突然にあの世へ行ってしまいました。今夜は九州で大地震がありました。火事も起こっているようです。平穏だと思っていても、突然思わぬことが起こります。日々悔いのないようにしたいと思ってはいますが、なかなかそうもいかない日常です。完成したつもりだった『自然ふれあい便り』も修正が何ヵ所もありました。

2016年 4月13日(水)

 昼ごろまでは大丈夫かと思ってましたが、午前中に雨になってしまいました。今日も午後は「自然と本の会」への行事依頼があって、その打ち合わせに午後はKさんと出かけていました。頼られるのはうれしいことですが、小さな組織で独自の行事もかなりやっているので手一杯になっていて苦しいところです。奉仕の精神に富んでいるとは思っていませんが、嫌でないことは断らないので最近は自分のことが後回しになって来ているのが悩みでもあります。今日は『自然ふれあい便り 46号』の仕上げ作業もしていたので、ほとんど1日中「自然と本の会」の仕事でした。編集長は私ではないのですが、このところほとんど全て私の仕事になっていて時間を取られています。こんなことは会議に出るよりも好きなことなので精神的には少しも苦痛ではないのですが、肉体的にはかなり負担ではあります。目も肩も悲鳴を上げています。

2016年 4月12日(火)

 今日は気温が少し上がりましたが、相変わらずの激しい変化です。そのせいかどうか、かなりの風雨があったのに桜の花がまだかなり残っています。近所で枝ではなく幹から出て咲いている花がありました。こんなのを見るとうれしくなります。しかし、また子どもたちの事故死が何件も報じられ心は暗くなります。交通事故もありましたが、子どもの命を真っ先に護らねばならない親が命の危険があることが分かりきっている行為で殺してしまい、やっと見つけた保育園で昼寝中に命を失ってしまったとは。どちらもそれぞれが守るべき基本を忘れているのではないかと思います。親は子どもを育てるプロ、認可・無認可の施設かどうかにはかかわらず保母は子どもを預かるプロではないでしょうか。どちらも子どもの命を守ることが第一の義務ではないでしょうか。ちょっと心配りをしていれば防げる事故だったと思います。戦前・戦中みたいに「産めよ増やせよ」と言ってるのに、この有様は政治の貧しさでもあるのではないでしょうか。

2016年 4月11日(月)

 また冬のような天気になりました。こう変化が激しいと体調維持が難しくなります。そのせいか、一昨日と昨日の疲れが重なったのか、今日は体調がよくありませんでした。でも、やるべきことが山積で昼寝もしながらパソコンの前にはかなり長時間坐っていました。これは一昨日の海の中の写真ですが、???。創想像しているものはありますが、まだ調べていません。もっとはっきりした写真を撮りたかったのですが、水の中で写せるカメラを手放してしまったのが残念。こういう時にはあれがないと。型落ちの安いのでも買おうかなと思っています。

2016年 4月10日(日)

 昨日同様にいい天気ではありませんでしたが、雨の心配はなさそうでした。泉大津のホテルで営巣しているハヤブサ観察会に出かけました。NHKの「ダーウィンが来た」でも放送されたハヤブサです。そのずっと以前から知ってはいましたが、なかなか出かける機会がありませんでした。「自然と本の会」の鳥班のNさんの企画でやっと行くことができました。「ハヤブササポートクラブ」の会員である旧知のSさんも案内に加わってくれました。第2日曜日は見学会になっていてホテルのバスの送迎もあります。普段は入れないホテルの中も通って自動車道のパーキングエリアや子育てをモニターしている部屋へ案内してもらえました。抱卵中で雄と交代した雌がホテルのベランダの手摺に止まっているのを見ることができました。写真も撮れたのですが、かなり遠かったのでいい写真にはなりませんでした。帰りは大津川の野鳥を見学しながら歩きました。河口にはかなり広い干潟が出来ていてユリカモメがたくさんいましたが、すぐ近くにいたコサギがなかなか賢いことをやっていました。こんな行動を見たのは初めてです。私が子どものころに川で網を持ってよくやっていたのと同じ行動をこのコサギがしていました。泥の中を足でかき混ぜて隠れている魚を追い出していました。なかなかいいところが見られたし、広い干潟でその他の鳥たちも多かったのですが、悪臭とゴミの多いのはいい気分ではありませんでした。高度経済成長期にはよくあったことですが、環境浄化が言われている最近では珍しいのではないでしょうか。「大津川をきれいにする会」はできないものでしょうか。

2016年 4月 9日(土)

 「自然と本の会」で定期的に掃除をしてい浜は大阪府の港湾局との契約で「アドプト・シーサイド・ハマボウフウ」と呼んでいます。しかし、本当は「波有手(ぼうで)の浜」だと思います。大潮の時にだけ現れる干潟があります。今日はその大潮でした。特に子どもたちにその様子を見てもらいたいし、そこで遊んでもらいたいと思っていました。でも、その前に浜の掃除をしてもらって、昼食の後に自由に遊んでもらうつもりでした。ところが手違いで私の個人主催のようになってしまいました。でも、10時半になると、いつもより多くの大人16人・子ども16人が集まってくれました。「子どもNPOはらっぱ」の親子が参加してくれたのが大きいのですが、最近できた「阪南市をきれいにする会」の人たちも参加してくれました。「自然と本の会」の人たちも手伝いに来てくれて大助かりでした。また、福祉施設の「海甍(わだいらか)」の協力もいつものように得ました。人数が多いのはありがたいことで、30分ほどできれいになりました。ゴミは10袋でした。「後は自由に遊んで行ってください」ということで、子どもたちは各自で楽しそうに砂遊び・水遊びをしていました。ところが12時半ごろになるとほとんど帰ってしまいました。子どもたちは「もっと遊びたい」と言ってましたが、親の方はなかなか忙しいようです。残ったのは1組だけでした。後1時間もすると日頃は絶対見られないこんな干潟が現れたのに残念でした。そこにはウミネコやセグロカモメもやって来てましたし、水の中では珍しい生き物も見られました。私にとっては今日はいい「下見」になりました。5月はもっと潮が引くはずなので、またできたらいいなと思っています。

2016年 4月 8 日(金)

 昨日の風雨で桜はかなり散りましたが、まだかななり残っていました。いい天気にはなりませんでしたが、晴れに向かっているようでした。午後、隣の市に用事があったので少し早めに出かけて久しぶりに河口を覗いてみました。望遠レンズを付けた先客が1人いましたが、貝毒発生が報じられたのでアサリ採りに来ている人は誰もいません。潮が引いていて少し沖合に島ができて鳥たちが集まっていました。ユリカモメの頭はもう黒くなって夏羽になっているのに、ヒドリガモはまだたくさんいました。彼らを眺めながら昼食をしましたが、ゆっくりしている時間がなかったのは残念でした。好きなことをしているのですが、この頃は何だかバタバタして日が過ぎて行きます。4月も1週間が過ぎてしまいました。

2016年 4月 7日(木)

 天気予報どおり朝から台風なみの天気でした。久しぶりに関空への電車もストップして、バスの振替輸送になったようです。私も1回だけ、そのバスに乗ったことがあります。こんな風の時はバスだって安全というわけではありません。風圧を受けてかなりふらついた運転になっていたことを覚えています。その天気にも劣らず、今日も信じられないような事件や事故の報道がありました。明るい話といえばドジャースに入った前田投手が初登板で自ら初ホームランを打って初勝利をしたことくらいでしょうか。でも、これは社会にそう影響を与えるニュースではありませんが、昨日の新聞のこんなコラムが目を引きました。日系三世のカナダ人の David Suzuki さんと娘の Severn Cullis Suzuki さんが「KYOTO地球環境の殿堂入り」ということです。実際の活動としては父の方が上でしょうが、娘の方が世界的には有名だったかも知れません。1992年、リオデジャネイロで開かれた「国連世界環境会議」の総会での見事なスピーチが「世界を黙らせた少女」として有名です。5分ほどの英語のスピーチですが、日本の6年生がたとえ日本語でもこれだけのスピーチができるかと考えたら驚かざるをえません。考える基礎でもある母国語を疎かにして小学校から英語を強制しても、こんな人物が育つとは思われません。明るいはずの話題も暗くなってしまいました。

2016年 4月 6日(水)

 昼ごろまではいい天気でしたが、また雲が空を覆って来ました。予報では明日はかなり荒れ模様だとか。夕方、ちょっと浜辺へ行ってみました。やはりもう「春の海」の気配が漂っています。しかし、ヒドリガモの群がまだいたし、ツグミもやって来ました。彼らは冬鳥の部類なので、もういなくなっていてもおかしくはない頃です。桜は散り始めましたが、我が家のモクレンの花はまだ残っているし、ジンチョウゲもまだ咲いています。今年はずいぶん花期がながいようです。渡り鳥も植物もこの気候にはずいぶん戸惑っているようです。変な気候はやはり人間の世界にも影響しているようで、信じられないような事件が続発しています。しっかりして欲しいものです。帰りにTさんに出会って畑のタマネギをいただいきました。新鮮で無農薬だし、ありがたいことです。

2016年 4月 5日(火)

 桜は満開のようですが、寒さのせいか庭の木蓮もまだ花を付けています。ヒヨドリにもあまりやられなかったようです。昨日の続きのような話です。大英博物館からホテルへ歩いていると、こんなところがありました。ここにも左の建物にブルー・プラークがありますが、注目すべきは2つの建物の間の奥の建物です。車が出て来ているところです。中庭を挟んで2階建(屋根裏部屋があるので実質は3階建?)がコの字に並んでいるアパートです。熊楠のかつての住居の1つとして写真で見覚えがありました。かつては馬を飼っていたところです。1階には馬がいてその上が馬丁などの住居になっていたそうです。今は1階には車が入っています。街中でも車が置けるのでなかなか人気があるようです。大英博物館に近いところだし、熊楠が住んでいたところに違いないと思いました。ところが後で調べてみると彼が住んでいたところはケンジントンですから、ここではなかったようです。そこまで確かめに行く余裕はなかったのですが、ロンドンにはこんなところがまだいくつかは残っているということでしょう。熊楠は身なりもみすぼらしく、家賃を安くあげるためにこんなところに住んでいたのです。ところが見かけによらぬ博学で、大英博物館では一目も二目も置かれる存在になっていたので「馬小屋の哲人」と呼ばれていたそうです。

2016年 4月 4日(月) 

 毎日新聞の夕刊に「漱石、英都を去る ロンドンの記念館閉館へ」という記事が出ていました。「来館者の減少で運営が難しくなり、来年の生誕150年を機に幕を下ろすことになった」とのことです。漱石研究家の恒松郁生さん(64)が私費で開館したものです。かなりわかりにくところにあるのも来館者が少ない一因でしょう。ちょうど6年前の3月5日に私もここ(右の建物)を訪れてました。しかし、残念ながら開館時間には行けなかったので外から眺めて写真を撮っただけです。地下鉄の駅からも相当遠かったし、探すのにもかなり苦労しました。漱石が住んでいた当時と今とではかなり様子が違うでしょうが、どんなところに住んでいたかを知っただけで満足でした。一般の人でも漱石ファンはまだかなり多いと思うので、ツアーのコースにでも入っていればよかったかも知れません。閉館になるのは真に残念ですが、部屋の壁にはブルー・プラーク(blue plaque) が貼られています。著名人が住んだことのある建物にはこういう銘盤があって知らずに道を歩いていても、思わぬ人の名前を見つけて驚くことがあります。日本人では漱石のが唯一なので、ぜひ残しておいて欲しいものです。もう一人、南方熊楠の旧居にもブループラークを付けてもらいたいと思っています。熊楠も住居を転々としていますが、いくつかの建物はまだ残っています。彼はかの大英博物館で働いたこともあり、かなりの貢献もしています。顕彰されるのは彼の方がむしろふさわしいとも思います。今、和歌山県田辺市の南方熊楠顕彰館で「ロンドン時代の南方熊楠」という企画展をやっています。ちょと遠いですが、ぜひ行って来たいと思っています。

2016年 4月 3日(日)

 あまり雨は降りませんでしたが、昨日の午前中とは大違いの天気でした。これも昨日の写真ですが、トラツグミの死骸です。残念ながら私が見つけたのではありませんが、なかなかきれいな色の羽です。伝説の鵺(ぬえ)という怪物の正体はこの鳥だと言われています。夜明けや夜間に飛びながら「ヒー、ヒョー」という声で鳴くのが薄気味悪く聞こえるからです。昼間に一度だけ出会ったことがあります。山際を散歩している時に目の前に出て来て近くの木に止まってくれました。三脚を据えてじっと待っていることはほとんどなくて、だいたいは出会い頭に撮っているのですが、それでも時に信じられないチャンスがあります。トラツグミもその1つでした。私ももう少しいい写真を撮りたくなっています。それでも持ちには拘りたいのですが、年と共にだんだんと手振れもひどくなっているようです。動かない被写体ならまだいいのですが、動くものを望遠で撮るのはなかなか難しいところです。

2016年 4月 2日(土)

 午前中は快晴で春本番を思わせる天気でしたが、午後にはまた曇って来ました。相変わらずの日替わり天気のようです。久しぶりの山歩きをして来ました。市内の山中渓も桜で賑わっていましたが、私たちはそこを素通りして和歌山県に入って産廃施設建設がまだ強行されようとしている滝畑へ。既に顔馴染みの人たちと共にまだ奥にあったという消えた集落探索とそこにある大木の山桜を見て来ました。私は初めてでしたが、他の人たちのほとんどは何度目かでした。かなりハードなところもあって結局1万歩ほどの登り下りをしましたが、アスファルトの道を歩くような疲れはありませんでした。消えた集落には潰れて家の残骸がまだ残っているところもあり、墓地の跡もありました。山桜の大木も何本もあり、なかなか見事でした。そして産廃施設が計画されているところにある池のカスミサンショウオの卵塊も見せてもらいました。トラツグミの死骸もあり、まだきれいな羽が完全に残っていました。そして椿の花の絨毯もなかなか見事でした。少々は疲れましたが、楽しく学べた山歩きでした。

2016年 4月 1日(金)

 今日は移動日。雨は覚悟していましたが、傘はさす必要がありませんでした。まだ「天気男」が続いていると喜んでいます。東京あたりでは桜が満開だそうですが、高知の桜は今年は大変遅いようです。田舎での私の散歩コースの1つの池の畔の桜もやっと目立って来たという感じです。これからいい時期なんですが、今回は超短期滞在でした。昨夜の猫八さんが亡くなったというニュースには驚きました。寄席には行ったことがないので先代の猫八さんはテレビの「お笑い三人組」などで知っているだけでしたが、息子の猫八さんとは少しご縁がありました。四万十町にヤイロチョウの声を聞きに来ていて、お会いした翌朝速く案内してピフィー・ピフイーという声を一緒に聞いたことがありました。いつか彼の口からヤイロチョウの声を聞けることを楽しみにしていましたが、叶わぬ夢となってしまいました。お迎えはいつ来るかわかなるとはいえ、66才とはこの時代にはまだ若すぎます。

2016年 3月31日(木)

 午後には雨になりました。明日は止んでいて欲しいのですが、期待薄のようです。結局、今日も外出しなかったので完全休養。懸案のこともかなり進めることができました。テレビもよく観ていましたが、国際情勢はますます厳しくなって来ました。そして、とうとう日本の海外派兵どころか核爆弾保持の可能性にまで言及されるようになって来ました。先日取り上げた『文藝春秋』にかつての自民党の大物の遺言が載っています。これが保守的な政治家たちでも普通の考えだっただろうと思いますが、随分変わってしまったものです。歴史が頭にない威勢のいい人たちに権力を与えると戦前と同じことになるのではないでしょうか。

2016年 3月30日(水)

 今日も出かける予定があったんですが、中止になって久しぶりに家でのんびりしていました。昨日はこんなところにも行きました。「坊さん簪」の女主人公のお馬さんの生誕地です。両親に連れられて今の高知市の五台山の麓に引っ越していてあの事件を起こしたのですが、彼女はその後、他の人と結婚しました。そして江戸から変わった東京で息子が働くようになり、彼女も東京で暮らしていたので墓は東京の寺にあります。この生誕地は新荘川の上流部です。下流の須崎市がお馬さんが結婚して暮らしていたところ。須崎市のシンボルは川獺(カワウソ)です新荘川が日本で最後のカワウソ目撃地だからです。昨夜、知らずにNHKテレビを見ていたら『川獺』というドラマが始まりました。オールロケだったそうで知っているところがたくさん出ていました。その一場面で 何とヤイロチョウ(八色鳥)の鳴き声がしていました。どれだけの人が気づいたでしょうか。『龍馬が行く」でも、横倉山の『光るコケ』でも聞こえました。音響担当者の配慮というべきか、お遊びというべきでしょうか。兎も角、八色鳥を知る者には格別に嬉しいことでした。知り合いのNHKの人に尋ねたらやはりそうでした。音源は私も協力した「音の風景」の時のものでした。4月5日15:10〜16:00に再放送があります。

2016年 3月29日(火)

 午前中はいい天気でしたが、午後は曇って来ました。仲間4人で土佐に和紙の製法を伝えた新之烝という人の跡を辿りました。その途中で思いがけず、子どもの頃に従兄と弁当持ちで登ったことがある城山にも行きました。その頃はもちろん歩いてでしたが、今は車でほとんど頂上まで行けるようになっていました。アケボノツツジ?がよく咲いていましたが、ここの山桜はまだちらほらでした。今年はかなり遅いようです。それにしても、こんなに見晴らしがよかったことは記憶にありません。覚えているのは叔母に作ってもらった弁当のことのみ。そのお菜が人参ばかりだったからです。従兄は人参が大好きでしたが、私は大嫌いでした。他にお菜がなかったので少しは我慢して食べましたが、結局、ほとんど捨てて帰りました。忘れられない山ですが、大の仲良しだった従兄とも疎遠になり、大嫌いだった人参も好んで食べる歳になってしまいました。

2016年3月28日(月)

 今回は命は無事でしたが、2年も都会のアパートに少女が大学生に監禁されていたとは。ごく真面目そうな若者なのに何であのようなことができるのでしょう。相手の人生も狂わせ、自分の人生もダメにしてしまう人が増えているようです。考えずに衝動的に行動してしまう人が増えているからでしょうか。妄想を抱く人も困ります。手続き無視で強行した安保関連法案がとうとう実施される時期が来ました。憲法違反でも何ら法的処置が取れない憲法なんてどうなってるんでしょう。これでは憲法がないのと同じではないですか。夕方、憂鬱な気分で歩いていると、川端にスノーフレークが咲いていました。スノードロップと似てますが、こちらは4早春の花ではなく春の盛りに咲く花です。和名では鈴蘭水仙というようです。外来種のはずだから、こんなところにあるのは喜ぶべきかどうか。花は清々しいのですが、複雑な気分の出会いでした。

2016年 3月27日(日)

 有吉佐和子の小説に登場する川の1つが流れる町へ初めて行きました。市内の知人たちが室内合奏団を作っていてプロピアニストやそのピアニストが組織している合唱団と共演するユニークなコンサートがあったので連れて行ってもらいました。もう13回目だとのこと。早めに出かけて時間があったので、市民交流館のようなところも見学して来ました。平屋で半円形の広々とした建物でした。考古資料室のような部屋もあり、広い廊下には子どもたち用に積み木やブロックなども用意されていました。親子で来ても楽しく過ごせる場所になっていました。メインは図書館でしたが、その開放的なこと。一隅には喫茶コーナーもあり食事も出来ます。半円形の窓の外ではウッドデッキもあり、いろいろな催しが出来てそれを中からも見ることができるようになっていました。小さな町ですが、トップは文化に大いに理解を持っているようです。肝心の子どもや文化不在で事を運ぼうとしているところとは大きな違いを感じました。コンサートは別の小さなホールでしたが、また行きたいと思う楽しい時間でした。

2016年 3月26日(土)

 ちょっと寒いながら、今日もいい天気でした。風邪も重くはならずヤレヤレです。午後ちょっと立ち寄ったところに『文藝春秋』の3月号が置いてありました。このところ雑誌類は買わなくなったし、読むこともほとんどありません。でも、ちょっと見ているとなかなか充実している内容でした。この号には直木賞の受賞作品が掲載されているのですが、それよりも渡辺和子さんの対談が目につきました。お目にかかったことはないのですが、間接的なご縁があってかなり親しみを持っている方です。ノートルダム聖心学園の理事長。もう90才近いのですが、まだまだお元気のようです。『置かれた場所で咲きなさい』などたくさんの著書でも有名です。2.26事件に遭遇されているとは全く知りませんでした。目の前で父親が殺されるのを見ていたとは。この号にはその他、読みたい記事がたくさんありました。家でゆっくり読みたいと思って書店に寄ってみましたが、もう4月号の時期ですので3月号などありませんでした。また出かけて行って読ませてもらうことにします。

2016年 3月25日(金)

 まだ寒さは残っていますが、今日もいい天気でした。まだ先の話だと思っていたら、こんなものを作らねばなりませんでした。カヤネズミを見たことがあるでしょうか。私は巣と剥製は見たことがあるのですが、残念ながら生きたのはまだ見ていません。一昔前までは草刈をしているとよくいたそうです。ハツカネズミと間違える人もいるようですが、もっと小さくて日本にいるネズミでは最小です。日本では萱鼠ですが、イギリスにも同種がいて harvest mouse(ハーベスト・マウス=刈り入れ時のネズミ)といいます。小麦畑の中によく巣を作っていて、収獲の時には藁と一緒に納屋の中に取り込まれたりしたようです。18世紀の名著『セルボーンの博物誌』の中にギルバート・ホワイトが載せたことで世界中に知られるようになったネズミです。私が特に関心を持っているのはそういう理由もあります。この絵は訳書のためにKさんに描いてもらったものを転用しました。イギリスでも最小ですが、アフリカの草原地帯にはもっと小さなピグミー・マウスというのがいるそうです。ペットとして飼われていることも多いそうなので、こちらはペットショップに行けば見られるかも知れません。

2016年 3月24日(木)

 彼岸を過ぎたらまた寒さが戻って来ました。「暑さ寒さも彼岸まで」という昔からの言い慣わしもだんだん通用しなくなって来たようです。そして「頑張る」とか「頑張れ」は禁句にしているのですが、このところ頑張らざるをえない羽目になってかなり疲れが出て来ました。そのせいか、どうやら風邪気味。今日も出るべき会合がありましたが、欠席させてもらいました。インフルエンザが流行っていた学校でも卒業式はもう終わったことでしょう。私たちのころは定番だった「蛍の光」や「仰げば尊し」は今どれだけ歌われているのでしょう。明治時代の歌の多くは英米の歌が元歌になっています。「蛍の光」の元歌は知って歌ってもいましたが、「仰げば尊し」にも元歌があったのは知らずに過ごしていました。2011年に一橋大学の桜井雅人名誉教授によって発見されてニュースにもなっていたとのことですが、あの大ニュースがあったので私の目や耳には入らなかったようです。1871年に出版されていたアメリカの音楽教材に載っていたとのこと。原題は "Song for the Close of School" (学校を終える歌)。内容もよく似ているので「仰げば尊し」は訳詞と言えるでしょうが、友だちと教室への別れとなっていて「我が師」などは一言も出て来ないところが違います。アメリカで歌われていない理由はわかりませんが、日本では「仰げば尊し我が師の恩」というのが今の情勢に合わないのでしょう。でも、長い学校生活で恩を感じるような先生に一人も出会わない人が多いとすれば哀しいことです。そうだとしたら、学校にあまりにも経済効率を持ち込み過ぎているせいでしょう。「いい時に辞めたね」なんてよく言われますが、うれしいことではありません。

2016年 3月23日(水)

 今日もかなりいい天気でした。午前中はまた出かけていたので、かなり疲れて来ました。午後も約束がありましたが、遅めに設定したので昼食後に久しぶりでたっぷり昼寝をしました。午後の約束は関東から引っ越して来られた人と会うことになっていました。いろいろ話もして私の散歩道などを案内もしました。目についた鳥は教えたのですが、あまり興味はないようでした。池で囀り声が聞こえると思ったら、セグロセキレイ(背黒鶺鴒)でした。珍しい鳥ではないのですが、ハクセキレイ(白鶺鴒)がそっくりの色になる時があるので間違える人もいるようです。こちらは住宅地の中まではやって来ません。鳴き声を録りたくて動画にしてみました。手持ちだし、風の音も少しうるさいのですが、辛抱できる程度には撮れました。日本の固有種なので日本以外にはほとんどいません。英名は Japanese Wagtail。と、いうことは日本を代表する鳥であるということになるでしょうか。

2016年 3月22日(火)

 今日は私にとっては特別の日でしたが、大変忙しい日でもありました。午前と午後にそれぞれに1時間半~2時間半ほどの会合に出席しなければならなかったので今朝までその準備をしていました。と、いっても趣味の延長で楽しい時間を過ごせるので苦痛ではありません。ただ、両方とも私が準備しなければ成り立たないので、ここ数日は忙しいと言える日々でした。今週はまだ続きます。忙しいのは好むことではありませんが、強制されてやっているわけではなので気分は悪くありません。午前は「ひなぎくの会」(叙情歌を歌う会)の投影用の歌詞集の作成と投影担当の役割。文字の空いたところには写真なども入れて楽しんでるのですが、その分、時間もかかります。いつものように楽しくしく1時間半を歌って過ごしました。人前では歌いませんが、大勢の中に埋もれて自分勝手に大きな声で歌えるのがいいところです。合唱とは違うのです。こればまだ始まる前の様子ですが、元教室では入りきらなくなって今月から講堂になりました。ピアノもアップライトからグランドになりました。登録会員はついに100名を超しました。市外からの人たちも増えているようです。

2016年 3月21日(月)

 今日も快晴でいい天気になりました。しかし、明日は午前と午後で別のところへ出かけねばならず、その両方の準備が完了してなくてパソコンの前にほとんど坐りっぱなしでした。しかし、あまりにもいい天気なので、目と腰のためもあって、午後1時間ほど田んぼの縁を歩いて来ました。畦に咲いているムラサキサギゴケ(紫鷺苔)が非常にきれいでした。かなり前から咲いているのですが、色が鮮やかになって来たようです。花が鷺の頭に似ているというのが名前の由来だそうです。紫鷺草でよさそうですが、何故か「苔」になっています。多分、地面を這うように広がって行くからでしょう。田の縁などのちょっと湿ったところにあります。よく似た草にトキワハゼ(常盤爆)がありますが、こちらは花期が長いので「いつでも咲いていて果実が爆ぜる」のが名前の由来だとか。やや乾燥したところに生えています。

2016年 3月20日(日)

 朝からまたいい天気になりましたが、夕方には雲が多くなって寒さがまた来たようです。ほんとうに目まぐるしい天気と気温の変化が続きます。午後は少し遠出をして耳の贅沢をして来ました。岸和田市の山間部に「むくの木ホール」という個人が造った音楽専用ホールがあることを知りました。車がないとちょっと行きにくいところなので、車を持っている友を誘って3人で行きました。2013年10月開館だそうですが、カーナビにもネットの地図でも名前は出て来ません。早めに行ったからよかったのですが、なかなか行き着きませんでした。とんでもない方へ行ってる時に道端にいる人に尋ねたら、運のいいことにホールの近くから散歩に来ていた人でした。車に同乗して近くまで案内してくれて助かりました。後藤真一郎・杉浦清美・菊本恭子という3人のバイオリニストによる無伴奏のコンサートでした。ピアノ伴奏がないバイオリン・コンサートは初めてでした。これまで小さな会場でのコンサートには割と行ってますが、これほど豊かな響きのするホールは初めてでした。それで入場料は2000円。写真は2人の演奏の時ですが、3人のときも1人ずつの演奏もありました。聴衆はたった12名。録音・録画をしていたので、それが主目的だったのかも知れませんが、何とも申し訳ないような贅沢な時間でした。

2016年 3月19日(土)

 雨と共に寒さがまたやって来ました。やっぱり「暑さ寒さも彼岸まで」でしょうか。三重県にいる友人から「生まれて初めてインフルエンザに罹っていた」という便りがありました。急激な気温の変化は元気を誇っていた者にもかなり応えます。でも、暖かくなっていたので庭の木蓮も開ききって花弁を落とし始めました。ヒヨドリもやって来て啄むようになりました。せっかくならもうちょといいところを撮ろうと思ったのですが、こちらに気づいて逃げられてしまいました。ヒヨドリ(鵯)はムクドリ(椋鳥)と並んで嫌われ者ですが、どちらも日本と朝鮮半島と中国大陸の海岸に近い方にしかいないみたいです。それがわかるとそう邪険にもできません。彼らは彼らで生きねばならないのです。

2016年 3月16日(金)

 朝は昨日に続いていい天気でしたが、すぐに雲が増えて来ました。午前も午後も出かける用事がありました。いつもなら自転車で行く距離でしたが、両方とも歩きました。歩けばやはり出会いがより多くあります。朝は約束した人に会いに行ったのですが、途中で久し振りにビンズイ(便追)に出会いました。写真は撮ったのですが、木の葉の間からだったので証拠写真程度。午後は「有吉佐和子の文学」という講演会を聞きに行ったのですが、途中で寄った郵便局で久し振りの教え子に出会いました。最後に担任をした生徒の1人でした。マスクをして小さな子どもを連れた母ちゃんだったので、声を掛けられねればわからないところでした。久しぶりの子どもで上の子は中学生だとのことでした。帰って調べてみたら18年ぶりの出会いでした。会場では教師になって最初の教え子の1人にも出会いました。こちらは教師になって最初の教え子。こんなところで出会えるのもまたうれしいことです。久しぶりの知人の顔も見かけて短時間ながら話が弾みました。講演会も耳新しいことがあり、有吉佐和子の小説を久しぶりに読んでみたくなりました。帰り道を急いでいるとついに雨が降って来ました。国道脇の何度か入ったことがあるレストランの植え込みで、こんな鳥が見降ろしているのに初めて気づきました。

2016年 3月17日(木)

 「春になりました」という天気でした。久しぶりに出かけねばならないところはなかったので近所の田んぼ歩きに行きました。土筆も何時の間にか大きくなっていました。ジゴクノカマノフタ(地獄の釜の蓋)も咲いていました。本名はキランソウ(金瘡小草)なんですが、いろいろな病気によく効いて病人が治ってしまというところから、こんな名前もついたようです。かつては民間薬として使われて「開花期の全草が筋骨草(きんこつそう)という生薬で高血圧・鎮咳・去淡・解熱・健胃・下痢止めなどに効果がある」のだそうです。葉が地面を覆うように広がって穴に蓋をしているように見えることもあるのでしょう。鶯の声も聞こえるし、雲雀も囀っていましたが、鶫もまだたくさん残っていました。まだ冬と春が混在しています。

2016年 3月16日(水)

 日あたりはあまりよくありませんでしたが、自転車に乗っていても手袋は不要でした。日付を考えてみれば手袋不要なんてあたりまえの時期ですね。このところ携帯電話ショップへよく行ってました。現役時代は携帯電話はあれば便利だと思いながらも、縛られたくなくて拒否していました。しかし、自由の身になってあっちこっちよく行くようになって携帯電話を使い始めました。電話というよりはメールをするためでした。それは今も変わりません。外でインターネットを利用しようとも思わなかったので、それで十分でした。でも、必要が出て来てタブレットを使い始めました。するとこれもないと不便で手放せなくなりました。両方でスマートフォンと同じくらいの費用だと思っていたのですが、最近はどうも高くなっているようでした。そこで友人・知人に聞いてみるとやはり私よりも安いようでした。他社に乗り換えも検討してみたのですが、単体では今よりは安くならないようでした。そこで現在使っているauの店で調べてもらったら、「2年を超えて使っているので割引がなくなって高くなっている」ことがわかりました。故障しても保証もなくなっているのです。「長く使い続けている者の料金が高い」なんておかしなシステムです。「解約して新たに契約すると新しいタブレットが手に入る上に、毎月の使用料も2000円ほど安くなる」とのこと。でも私の場合は契約更改月は来年の4月。その月でないと解約料が発生します。しかし、ポイントがかなり溜まっていたので、それが使えないか交渉してみました。最初は難しいように言っていたのですが、問い合わせをしてくれてOKということになりました。そこで今日からタブレットが2つになってしまいました。タブレットは家ではなぜか感度が悪かったのですが、新しい方で快適に使えるようになりました。物が増えるのは困りますが、私の場合はネットに繋がなくても使い道があるので使い分けようかと思っています。新しく設定をし直すのは少々面倒でしたが、これもボケ防止の1つだと思えば悪くはありません。

2016年 3月15日(火)

 今日はまた昨日とは打って変った好天気でした。私はまだ見てませんが、阪南市内でもツバメの姿が見られたとのことです。以前にも紹介した本ですが、図書館では借りられなかったのでとうとう買ってしまいました。400ページもある分厚い本でした。しかし、その分、字も大きいので楽に読めました。内容もそう難しいことは書いてなくて、常識として知っておいたらいいという程度でした。図書館で借りた本の方がもう少し専門的なところもありました。でも、これを読めばカラスが7羽なのか7才なのかの答は出て来ます。私の半分母親みたいだった長姉から習って今でも大好きな「浜千鳥」という童謡があります。これも鳥のことを少し知ってみると、「そんなチドリはいないのに」ということになってしまいます。花鳥風月と言われるくらいですから、歌詞でも俳句でも短歌でも、鳥はよく登場します。しかし、作者はその種や生態まで知っていることはほとんどないと思います。イメージとして使っているので、知ったかぶりをして作品にケチを付けても仕方がないことだとは思います。しかし、鳥に限らず植物でも、また他の分野でも、少し知ると結構ケチを付けたいことが増えて来ます。これも「いごっそう人生」の楽しみの1つです。

2016年 3月14日(月)

 夜から降り始めた雨も午後には止みましたが、また一気に寒さが戻って来ました。昨日は曇っていても手袋もマフラーも不要でしたが、今日は両方とも必要でした。今日も午後は出かけてはいましたが、これは昨日の写真です。日曜日でもあり割と暖かかったせいで、河口の波打ち際は浅利掘りに来た人たちで賑わっていました。ここは漁業権がないところだそうで、誰でも無料で持って行けるからです。そのせいで波打ち際には鳥たちの姿は見えず、かなり沖の方で浮かんでいました。ヒドリガモ(緋鳥鴨)やマガモ(真鴨)の群が目立っていましたが、ここでは珍しいカンムリカイツブリの姿も見えました。これまで見たのは1羽か2羽でしたが、群で見たのは初めてでした。ちゃんと数えていませんが、10羽くらいはいたと思います。曇った夕方で逆光で遠かったのですが、何とかそれとわかる写真は撮れました。向こうは淡路島です。カンムリカイツブリはバードウオッチングや野鳥の保護をする団体のきっかけになった鳥です。19世紀のヨーロッパではカンムリカイツブリのきれいな羽が貴族の婦人たちの帽子飾りに使われていました。そのためにほとんど絶滅するほどに数が減っていました。これではいけないと立ち上がった2人の婦人の運動が元でできたのが英国王立鳥類保護き協会 (Royal Society for the Protection of Birds) 略称RSPBです。イギリスの鳥を調べる時にはよく利用しています。日本野鳥協会は中西悟堂の富士山での野鳥観察会から始まったのですが、ずっと後年のことです。英国は自然破壊の先進国なので生態系や自然保全でも世界の手本になっています。

2016年 3月13日(日)

 宿毛市の方からもうツバメが姿を見せたという知らせが入っています。ところで、私が野鳥に関心を持ち始めて12年になりました。他の人の最後の憧れの1つであるヤイロチョウ(八色鳥)の文献翻訳を頼まれたのが私の野鳥入門なので、他の人たちとは逆を歩んでいます。見ることも声を聴くこともかなり難しい夏の渡り鳥ですが、声は毎年のように聞いていましたし、姿もすぐ近くで3回見ました。私が一番よく知っている鳥です。しかし、思いがけない出会いばかりで写真は1枚も撮れていません。残念と言えば残念ですが、それもまたよしだと思っています。この絵が自分で撮った写真の代わりです。104才で亡くなった女性が103才の時に描いたものです。初めて会った時は90才くらいだったと思います。元気なお婆ちゃんでした。息子さんは都立高校の英語教師で、奥さんは中学校の英語の教師という仲のいい夫妻でした。その頃の私は東京へよく行っていたので、その度に訪ねていました。子どもはなくて3人で仲良く暮らしていましたが、若い方の2人が相次いで亡くなってしまうという悲しいことになりました。おまけに、お母さんに家の相続権はなく、明け渡さねばならなくなりました。それでも近所のアパートでしばらく1人住まいをしていましたが、車椅子が必要になって施設に入りました。偶に出す私の手紙を大きな楽しみにしていてくれたようです。施設では私が「ボーイフレンド」ということになっていたと亡くなってから近親の方から報告を受けました。今日はその山田はなさんの命日でした。

2016年 3月12日(土)

 空に雲もなく、風もなくてかなり暖かい日になりました。市役所の周辺で「阪南マルシェ」なんて催しをしていたので、午前中にちょっと覗きに行ってみました。たくさんの店が出て賑わっていました。親善大使の元ほっしゃん(私はこちらの方がよかったと思うんですが)舞台に立っていました。市長夫妻も見えていました。午後は家からは反対方向の里海公園で会議があったので出かけました。自転車で移動すると気持ちはいいのですが、かなりの距離があるので疲れました。昼寝をする間がなかったので、予想どおり会議はほとんど居眠りの時間になってしまいました。帰りには海沿いを走りましたが、大阪湾のあちら側まで実によく見えていました。丁度干潮の時間帯だったので、浜が広くなっていました。しかし、このゴミはどうでしょう。掃除をしても1週間ももちません。そして道の脇にも大量の粗大ゴミが捨てられているところが何年も放置されたままです。市長の耳にも入っているはずですが、こちらの方もちゃんと視察して欲しいものです。

2016年 3月11日(金)

 5年前のあの日、私は田舎で丁度テレビを観ていました。まるで現地の高台から見ているような恐ろしい光景でした。多くの人びとの命は取り返せませんが、放射能さへなければ復興はもうかなり進んでいたでしょうに。最優先ですべきことが後回しになって、元凶の原子力発電所の再開が先になっているのは納得できないことです。彼が政権に復活したように諦めずに粘り強く努力するしかありませんね。そんなこととは比較もできない些細なことですが、諦めてはいけないという例ができました。幻の本が手に入ったのです。『セルボーンの博物誌』の昭和13年に出版された抜粋版の註釈付テキストです。旧制高校か大学の教科書だったと思います。編纂・註釈者は柏倉俊三という東大英文科卒で北海道大学教授だった人。出版社は今もある開隆堂。開隆堂に問い合わせてみたこともあるのですが、梨の礫でした。全文のテキストは昭和15年に、東大卒で東大教授で日本の英語学を創ったと言われる市川三喜氏の註釈付で研究社から出ています。こちらは装幀もりっぱで、多くの図書館に保存されています。戦後に出された全訳をした人たちがみな「大いに助けになった」と言っている本です。ところが前者について触れられているものは見たことがありません。しかし、この第三版が西谷退三の蔵書の中にあって青山(せいざん)文庫で見たことはありました。私はコレクションの趣味はないのですが、『セルボーンの博物誌』に大いなる関心を持つようになって、日本で出た注釈書と訳書は友人の助けも借りて全部初版で手に入れました。ただ、柏倉版だけは全く手がかりがありませんでした。せめて初版の存在を知りたいと思っていたら、台湾の図書館にあるとの知らせがありました。幸い台湾には知人が数人いたので調べてもらったのですが、もう廃棄されたようでした。そもそも保存しておきたいような立派な本ではないので、古書店の手に渡ることもないだろうと完全に諦めていました。ところが、最近、ふと思い出してネット検索をしてみると、何と初版が出ていました。値は5000円。粗末な本なので高いとも言えますが、資料的価値を考えれば安いとも言えます。これで私の小さなコレクションは完結ということになりました。が、それは1日で終わりでした。今日、イギリスのセルボーンにいる専門家のRさんに送りました。私が持っているより彼の手で「ギルバート・ホワイト博物館」に収まった方が柏倉俊三氏も喜ぶだろうと思ったからです。

 今日も結構寒い日でしたが、雨は止んでいたので助かりました。出かける用事もあったので、図書館に寄って気になっていたこんな絵本を借りて来ました。グリム童話にこんなのがあるとは知りませんでしたが、童謡の「七つの子」のことを調べていたら行きあたりました。実際にはカラスに七羽の子がいることも七才の子がいることはないのですが、この話でも7羽の子でした。しかし、日本の歌のようなホノボノとした内容ではなく、お父さんの怒りの言葉でカラスになってしまった七羽のカラスでした。でも、内容よりもこのカラスはどんな種だろうと思ったのです。カラスはいても「カラス」という鳥の種はいないのです。それは日本でもそうですが、他の国でも同様です。原題はドイツ語で "Die Sieben Raben"、英語だと"The Seven Ravens" です。日本語では正確には『七羽のワタリガラス』です。ワタリガラスという名前は日本では北海道の一部に冬渡って来るのが見られるからです。ところが、ユーラシア大陸や北米大陸ではごく普通に見られる鳥のようです。Raven は日本のように童謡で歌われることはなくても、物語や小説にはよく登場します。また7や9という数がよく使われるのは洋の東西を問わず特別な力を持った数だと考えられているからでしょう。英語では mystic number と言われています。

2016年 3月 9日(水)

 9時頃から降り始めた雨は「春の雨」から「風の雨」になって、夜もまだ降っています。こんなに急激な気温の変化がこう度々では地球の気候が変わりつつあるということでしょう。少々の温暖化対策ではもう追いつかないかも知れません。ところで、テレビを観ていたらNHKの番組で明らかにオーク(oak)なのに「カシの木」というナレーションがありました。オークそのものは日本には自生しない木なので訳語が必要ですが、これを最初に訳した人が「カシ」と訳してしまったのです。それが現在でもかなりの数の英和辞典にも引き継がれているので、多くの人がそう思っているのも無理からぬことです。私も少なくても高校生のころまではそう思っていたと思います。いや、もっと後までそう思い込んでいたかも知れません。しかし、oak は落葉樹ですし、樫は常緑樹です。明らかに違うと言わざるを得ません。日本に多くある木で一番近いのはナラ(楢)です。でも、最も近いのはミズナラ(水楢)だと言われています。この木は堅くて日本では使い道がなくて、山に行けば大木がかなりたくさんあったようです。しかし、イギリスなどにあるオークよりは家具の材料としてずっといいそうで、文明開化以来、かなり安い金で買い取られてどんどん輸出されてしまったそうです。だから今の日本には水楢の大木は滅多にありません。Oakの訳語は現在では「オーク」でいいと思います。

2016年 3月 8日(火)

 今日も3月初めにしては暖か過ぎる日でしたが、心が痛むニュースがいくつか聞こえて来ました。子どもの自殺の原因が濡れ衣だったなんて、やり切れません。こんなことばかりで、子どもたちの未来が明るくなるような社会が来るのでしょうか。そんなことが多いせいではないでしょうが、この頃はカラスのことをよく考えています。その色のせいか、鳴き声のせいか、世界的にあまり好かれる鳥ではありません。時には不吉な鳥だとか、死の象徴だとも考えられているようです。しかし、この国にはそんなカラスに暖かい気持ちを向けている童謡や唱歌がいくつもあります。どれもほのぼのとした気持ちになる歌ばかりです。自分が嫌いな人たちであっても、ちょっとしたやさしさや気配りがあれば。不幸な事故や事件の多くは防げるのではないでしょうか。ところで、カラスと書きましたが、正確に言えばカラス属かカラス科の鳥ということになるでしょう。ヨーロッパなどには10種を越すカラス類がいるようですが、日本の多くの地域でよく見られるのはたった2種です。でも、その2種の区別がつけられる人はあまりいないと思います。カラスはあまり撮りませんが、偶々最近撮ったのがあったので合成してみました。違いは一目瞭然。上がハシブトガラス(嘴太烏)、下がハシボソガラス(嘴細烏)です。前者が少し大きいのですが、カーカーと澄んだ声、後者はガーガーと濁った声だと言われています。しかし、声では判断できない場合もあります。ゴミ袋を荒すのは前者だと言われていますが、はたしてどうでしょうか。これも濡れ衣でなければいいのですが。

2016年 3月 7日(月)

 暖かいのはありがたいことですが、この時期に夜になっても20℃を超えているとは、、、。まだまだ先だと思っていた庭の木蓮がもう咲いています。週の後半はまた寒くなるということですから、植物たちのダメージも大きいのではないでしょうか。モクレンは日本には中国から入って来たようですが、ヨーロッパには日本から伝わって Japanese Magnolia と呼ばれているとか。しかし、その名はフランス人の植物学者 Pierre Magnolia (ピエール・マニョール)に因んでいるとのこと。英語読みすれば「マグノリア」です。園芸種になっているのでたくさんの種類ができているそうですが、私が知っているのは白いのとこれだけです。去年はヒヨドリに片っ端から食べられてしまいましたが、今年はまだ彼らは気がついていないようです。