2017年 7月20日(木)

 梅雨明けらしく午前中はいい天気でしたが、午後はまた梅雨空のようになってしまいました。夕方も雨は降りそうになかったので散歩に出ました。池にコウホネが1輪咲いていました。コウホネは漢字では河骨または川骨と書きますが、根が大きな骨ように見えるからだそうです。河骨というと「春の小川」の歌を思い出します。1912年、明治が大正に変わった年に発表された文部省唱歌です。作詞者は高野辰之、作曲は岡野禎一ということになっています。このコンビの歌はたくさんあります。高野が当時住んでいたのは東京府豊多摩郡代々幡村(現在の渋谷区代々木)で、そこを流れていたのが河骨川。今は絶滅危惧種になっているコウホネがたくさんあったのでしょう。この歌はその川の情景を歌ったものだということになっています。当時は歌のとおり清らかな流れだったことでしょうが、戦後は汚水が流れ込んで悪臭を放つようになっていたそうです。そこで東京オリンピックの時に暗渠化されて地上からは見えない川なってしまったようです。記念碑はあるそうですが、残念なことです。

2017年 7月16日(日)

 「マーダルサンガコンサート2017」というのに初参加。マーダルとはネパールの民族楽器で膝の上に寝かせて両手で敲く太鼓。前半は北添紫光さんのレッスン受けている人たちの発表会のようなものでしたが、楽しさが伝わってくる演奏でした。後半はプロたちの演奏。ブギウギピアノの井山あきのりさん、スティールパンの山村誠一さん、司会も務めて会場を沸かせていた さわむらしげはるさん の歌など。みなさん、前半から加わって盛り上げてくれていましたが、更に多彩・多才な演奏を堪能させてもらえました。約3時間、途中でもありましたが、最後も会場に入っての熱演でした。でも、私が一番惹かれたのは さわむらさん の「ハチドリのひとしずく」の話とそれを歌にした「私にできること」でした。ハチドリが森の火事を消そうと嘴で僅かな水を何度も何度も運ぶという話は何故か知っていたし、それがアイルランドの "Down by the Sally Gardens" のメロディーだったことで興味が更に高まりました。つい、CDも買ってサインもしてもらいましたが、私にもできそうなことも浮かびました。さわむらさん にはまたどこかでご縁がありそうに思っています。

2017年 7月11日(火)

 蝉の声を3日前に初めて聞いたのですが、今日は梅雨明けかと思うような天気になって正に「夏が来た」という感じでした。午前中は月1回の「ひなぎくの会」の日でした。参加者が前を見て歌えるように歌詞を投影しているのですが、それだけでは面白くないので手持ちの写真なども適宜入れています。『夏は来ぬ』もありました。本当はもっと早い時期の歌ですが、古い歌なので、「来ぬ」は若い人だったら「こぬ」と読んでしまう時代かも知れませんが、でも、それでは意味をなしません。歌い出しは「卯の花の匂う垣根に時鳥(ほととぎす) 早も来なきて 忍音もらす 夏は来ぬ」ですが、卯の花はウツギ(空木)です。ウツギもいろいろな種類がありますが、ここでは問題にしないでおきましょう。時鳥は杜鵑・不如帰とも書きます。植物にも同名のものがありますが、ここはもちろん鳥です。「東京特許許可局」という聞きなしで、知られている鳥です。声はよく聞くのですが、姿はなかなか見られません。私も野生では見たことがありません。2番の「五月雨(さみだれ)の 注ぐ山田に 早乙女が 裳裾濡らして 玉苗植うる夏は来ぬ」の早乙女の姿は神事の田植えででもないと見られない時代になりました。3番に出て来るのは「橘と蛍」です。蛍はともかく橘もなかなか見られないと思いますが、ミカンの類だと思っていてもいいと思います。4番は「楝(おうち)散る 川べの宿の門遠く 水鶏(くいな)声して夕月涼しき 夏は来ぬ」の楝とはセンダン(栴檀)のことです。大木になりますが、薄紫のなかなかきれいな花が咲きます。但し、「栴檀は双葉より芳し」の栴檀とは別種のようです。水鶏は文字どおりのクイナという鳥もいるのですが、田植えのころから夏によく鳴いているのは夏クイナとも言われるヒクイナ(緋水鶏)のようです。クイナとう名の鳥は「冬クイナ」とも言われて西日本では冬鳥になっているようです。クイナは夏には見たことがないのですが、夏クイナのヒクイナは温かい地方にはどうやら年中いるようです。かなり寒かった12月31日にも写真を撮っています。5番にはまた橘と蛍が出て来ます。

2017年 7月 6日(木)

 台風一過が記録的豪雨とは!ここ何年かは全く目を覆いたくなるような悲惨な映像がテレビから飛び込んで来ます。私も台風や集中豪雨は体験しましたが、これほどではありませんでした。しかも、運のいいことに私はいつもその現場にはいず、家も親しい人も失わなかったし、後始末に苦労したというだけで終わっています。6月に5年ぶりで訪れた椿山でも私の田舎の家が2階まで水に浸かった1975年の集中豪雨は大被害があったことを知りました。『椿山―焼畑に生きるー」という記録映画があることは知っていました。製作者は姫田忠義という「民族文化研究所」を創設した人。VHSにもなっていることも知っていましたが、対象は団体用で個人で手に入れることはできませんでした。何とか観てみたいと思いましたが、上映会の情報も過去のものばかりでした。ところが、それがDVDになって販売されていることを知りました。姫田忠義さんが書いた岩波ブックレットも一緒に手に入れました。その映像の中に太鼓踊りや焼畑の様子が登場するのはもちろんですが、1975年の集中豪雨の様子も記録されていました。椿山は幸い人名や人家には被害がなかったようですが、普段は見えない谷川の水が大増水して見えるようになっているところや集落に通ずる唯一の道路が大崩壊した場面が登場していました。撮影隊も住民もほとんどの人たちは隣、と言ってもずっと下の大野という集落、に避難し、「もう椿山は終わりだ」と嘆いたそうです。でも、道路は修復され、焼畑もその何年か後までは行われていたようです。それが、私が前回訪れた2012~2013年には年間を通じて住んでいる人は3人ということでした。それが今は1人になってしまっています。超がいくつも付くような限界集落ですが、厳しい冬が終われば戻っている人たちもいるようです。そんな形ででも、存続を願わずにはいられないところです。

2017年 7月 2日(日)

 まだ梅雨明けには間がありそうですが、今日は夏至から11日目で七十二候の半夏生です。田植えを終える日だそうです。実のところは七十二候なんて気にしてなかったんですが、亡くなった心友がよく知らせてくれていました。また、「ラジオ深夜便」でもよく取り上げらえているので親しみを持つようになりました。と言っても普段は気にしているわけではなく、この植物と同じ呼び方だから知っているだけことです。そもそもは「半夏生ず(はんげしょうず)」というのが正しいようです。そして、半夏(はんげ)とは烏柄杓(カラスビシャク=マムシグサに似た植物)のことで、その花がこの頃に咲く故の名前のようです。でも、身近にあって花に近い一部の葉の表面だけ白くなるこの植物の方が親しみが持てます。ともかく、今日は時候の変わり目のようです。「奢る〇〇は久しからず」の情報も入って来ました。

2017年 6月30日(金)

 今週は梅雨らしくなるかと思っていましたが、陶

しい空つづきでも雨はあまり降らずに終わりそうです。予報では明日は雨のようですが、今日は夕方には青空も出て来ました。散歩に出ると、田んぼの縁にまだスイバ(酸葉)の花が残っていました。私が子どものころには遊んでいて腹が減った時には、茎をポキンと折って皮を剥いで食べてもいました。イタドリ同様に懐かしい野草です。私たちは「スリカンボ」と言っていましたが、「スイカンポ」あたりから変化したのではないかと思います。ところで『酸模(スカンポ)の咲く頃』という北原白秋 作詞・山田耕筰 作曲の歌があります。「土手の酸模 ジャワ更紗」と始まります。この植物の花らしくない花を見てジャワ更紗を連想したのでしょう。そして、「昼は蛍がねんねする」と続きます。ということは季節は初夏ということになります。ところが、このスカンポをイタドリだと思っている人が多いようです。イタドリをスカンポという地方もあるようですし、花もよく似ていますす。でも、イタドリの花が咲くのは秋です。それにイタドリは蛍がいるような水辺には生えていないでしょう。この歌のスカンポはスイバのことだと思います。

2017年 6月25日(日)

 「箱の浦」は『土佐日記』にも登場する歴史的にも文学的に貴重なところです。今はそれが近くの住宅地の名前になっていますが、私たちが「自然海岸」と呼んで清掃活動をしているところあたりだったはずです。大阪湾では開発によって自然海岸が埋め立てられ、ほとんどが工場地帯や住宅地に変わってしまいました。「せんなん里海公園」に隣接したこの自然海岸は陸側にコンクリートの堤防がなく、大阪府の海辺では珍しいところです。公園になっているところは磯を埋め立てて作られたところで、浜はあっても他所から運んできた砂でできています。従って、陸側も含めてここらが「大阪府で唯一残された自然の状態の海岸あるいは浜辺」だといえるでしょう。『土佐日記』の「箱の浦といふ所より綱手引きゆく」という状況が何とか想像できる唯一の場所です。
 自然海岸は山で作られた土壌や砂また栄養分が運ばれ、長い年月をかけて堆積して作られていきます。しかし、河川のダム建設などによって山からの土や砂がせき止められ、海岸が痩せて次第に自然海岸が姿を消しています。ところが、このあたりでは離岸堤が設置されている場所のみで砂浜の拡大が見られます。残念ながらここには離岸堤がなく、砂浜が年々小さくなっています。自然海岸が姿を消すと、当然、海岸に生育する植物が姿を消し、その植物に依存をしていた生き物も姿を消してしまいます。「自然と本の会」では当時は珍しくなっていたハマヒルガオを保護するために清掃活動を始めました。しかし、ここでは姿を消しつつあって寂しい状況になっています。

2017年 6月24日(土)

 曇空であまり暑くもなく浜辺の掃除にはありがたい日でしたが、他の行事との重なりもあって会員の参加はわずか7名。しかし、会員外の I さんと海上保安庁の職員2名、さとうみ公園の職員も1名来てくださり10名になりました。場所は比較的狭いのとゴミの量も少なかったので草引きも入れて1時間もしないうちにきれいになりました。今日も潮がよく日だったので、掃除が終わってしばらくするとここにも干潟が現れました。さと海公園内の人工浜の方では子どもたちの行事があるようでしたが、僅かながらせっかく残された自然の浜辺で遊んだり学習したりして欲しいものです。隣接していてもこちらは公園外なので、公園主催の行事には使われないようです。同じ大阪府の管轄なので、ここも公園に取り込んで保全できないものかと思っています。大阪湾で恐らく唯一コンクリートの堤防がないこの浜の価値をもっと認識してもらう努力をしなければならないようです。『土佐日記』に登場する「綱手引き行く」を何とか想像できる場所はもうここしかないのです。

2017年 6月23日(金)

 日の暮れ近くに散歩に出ました。気になっている植物を見ておきたいとも思ったからです。まずはハンゲショウ(半夏生、半化粧、片白草)。七十二候の半夏生(夏至から11日目)の頃に花が咲き、葉が半分白くなる(=表は白くなっても裏は変らない)のが名前の由来。ドクダミ科の多年草で利尿作用や腫れ物に効果ありとか。その後、浜辺に行ってグンバイヒルガオも見てみましたが、こちらはまだ花の気配はありませんでした。気になったのは打ち上げられているゴミでした。川や海に捨てる人がいなければ掃除の必要もなくなるでしょうに。とりあえず気になったものを集めて堤防の階段下に置いておきました。明日は9時半から別の浜(せんなん里海公園の大阪側の箱作自然海岸)の清掃日です。少なくても午前中は雨の心配はなさそうなので、参加者が多いことを願っています。公園の外なのですが、「浜の掃除」の場合は駐車料は無料にしてもらっています。

2017年 6月21日(木)

 槇村浩と母が葬られている同じ墓地で関心を抱いていたところがもう1つありました。それは廣井磐之助という人の墓です。私がここを最初に訪れた時には槇村浩の墓には名前を刻んだ墓石らしいものはありませんでした。亡くなった当時にはそれは認められないことだったからでしょう。時代はずっと遡りますが、廣井磐之助の方は恐らく亡くなって間なしにりっぱな自然石に名前が刻まれた墓石が建てられたのではないでしょうか。当時としては彼は称賛に値する人物だったからです。既に仇討は禁止されていたのですが、龍馬や海舟の力添えがあったこともあり、艱難辛苦の末にやっと父親の敵を見出して見事目的を達したとのことです。その場所が私が現在住んでいる市にあるのです。その人物が元土佐藩士となれば関心を持たざるをえません。最初にこの墓地を訪れた時は彼の存在すら知りませんでしたので訪れたのは今回が初めてでした。同行していただいたTさんに調べてもらっていました。傍に説明板らしきものがありましたが、文字は完全に消えていました。墓石の裏面にもそれらしき字が彫られているのですが、残念ながら短時間では解読は困難でした。恐らく我が市にある碑と同じようなことが書かれているのだと思います。槇村浩は墓さえ作ることを許されなかったでしょうが、廣井磐之助の方は禁を犯してもその行為は称賛されたのです。しかし、仇討だけが彼の人生だったのでしょう。命の炎は何年も経ずに消えています。この墓地からそう遠くないところにある廣井家の屋敷跡にも案内してもらいました。廣井家も彼で途絶えたのでしょう。もう縁者ではないらしい家の前に石碑があり、塀に説明版もありました。我が市にある碑については数年前に書いたものですが、http://ameblo.jp/kudushishi02/day-20130216.html をご覧ください。

2017年 6月21日(水)

 疑問だらけの法案が無理矢理可決されてしまいました。似たような法律があった時代に天童といわれたこともある有為な青年が獄中での拷問の結果、26才という若さでこの世を去らざるをえませんでした。女手1つで育てた我が子の成長を最大の望みとしていた母はどれほどの悲しみだったでしょう。その人の墓が作り直されたことはずっと以前に知っていましたが、何年も経ってやっと訪れることができました。共同墓地の中にありますが、周りの木が繁り過ぎて薄暗いところになっていました。槇村浩は「まきむらこう」と読みます。右の自然石が母の墓です。関心のある方は以前に書いたブログ  http://ameblo.jp/kudushishi02/entry-11474730818.html も参照ください。

2017年 6月19日(火)

 雨が近づいているようですが、夕方までは心配なさそうでした。4年ぶりに椿山(つばやま)へ行くことができました。椿山は愛媛県に近い高知県の山のまた山の奥の集落です。牧野富太郎もかつてここを通って石鎚山まで行っています。日本で最後まで焼畑耕作が行われていたところとして知られているところです。「私は貝になりたい」の新しい方の映画のロケ地でもあったところです。山の中腹で標高が600m以上のところに家々が斜面にへばりつくように並んでいます。かつては林業も盛んで小学校もあったようですが、2012年と2013年に行った時には「冬もここに住んでいるのはたった3人」とのことでした。今日聞いたところでは「1人は施設に入った」とのことでした。何度も行っているのにまた出かけたのは平家の落人が住んだ時代から続いているという太鼓踊りを一目でも見たかったからです。前回は踊りの始まる直前に雨で中止になって悔しい思いを抱いて帰りました。太鼓踊りは9月までに5回行われるそうですが、6月は「虫送り」で踊りの後に地区内を回って行きます。今日も雨が少々心配でしたが、予行から本番まで堪能することができました。踊り手は後で女性も加わって少し増えましたが、ほとんどが住民ではないでしょう。でも、600年以上もこんなところで素朴な行事が一度も途切れることなく続けられていることは凄いことです。椿山の風景は2012年〜2013年のものですが、http://www.asahi-net.or.jp/~ga6k-izw/ の左下にリンクがありますのでご覧ください。

2017年 6月17日(土)

 まだ雨は降ってませんが、梅雨空になって来ました。遅れていた紫陽花もやっときれいになって来たところも多いでしょう。紫陽花の前は薔薇のシーズンでしたが、今年は薔薇園に出かけられませんでした。複数の知人の家に咲いていたというのに、知るのが遅くて見損なった薔薇もありました。ナニワイバラ(浪速茨/難波茨)です。中国の南部原産のようですが、日本には江戸時代に大阪の商人がもたらしたようです。大輪の見事な花のようですが、夜尿症の特効薬にもなったようです。それにまつわる涙ぐましい話も伝わっているようです。アメリカではCherokee rose (チェロキー・ローズ)と呼ばれている薔薇です。月1の英語の講座で使った歌のことを調べていて知りました。

2017年 6月15日(金)

 明らかな憲法違反でもお咎めなし。権力を笠に着た物言いがバレても頰被り。重要法案もろくに審議せず、異常な徹夜国会で多数を頼んでの無理矢理通過。こんなことで民主国家と言えるのでしょうか。戦前に また一歩近づいたようです。これでは近くのどっかの国とあまり変わらない気がします。ますます暗い気分の日々ですが、天気は今日も爽やかでした。日向を歩いても快適でしたが、こんな天候がいつまで続くのでしょう。反動でやがてまた猛暑が来るのではないかと心配です。でも、今年も洪水の心配はなさそうです。故郷の橋の下には数年ぶりにイワツバメが巣を作っていました。オオヨシキリの声も聞こえて来たので、この予報はまず確実でしょう。セッカ(雪加)がすぐ近くで鳴いてくれました。いつも飛びながら鳴いているので、近くでも姿はあまりみられない鳥です。意外にも行く手の木にとまっていました。しかし、逆光線。できるだけ回りこんでみましたが、順光線になるところまでは行けませんでした。これまでにないほど近くだったのに残念無念の結果でした。

2017年 6月14日(水)
 梅雨入りの初日だけ雨で、相変わらずの雨無しの日々が続いています。おまけに気温も低めで快適ですが、植えられたばかりの稲の苗たちには悪影響があるのではないでしょうか。戦後の私たちが子どもの頃はラジオから流れて来る童謡などよく聴いていたものです。同居していた叔父がレコードを持っていたのでそれで聴いたのもあるかも知れません。中でも川田正子さんの歌は今でも多く覚えています。彼女自身も大好きだという「蛙の笛」もその1つです。2004年4月29日に高知県の須崎市で彼女のコンサートがありました。偶々、郷里にいたので行ったのですが、その時もこの歌を歌いました。そして「作詞家の先生だからそんな表現をしているので、そんなにきれいな声で鳴く蛙がいるはずがない」とずっと思っていたそうです。ところが秋田県に演奏旅行に行った時に旅館の庭でとてもきれいな蛙の声を聴いて「これだ!」と思ったそうです。「それはカジカガエルでした」とのこと。それを聞いて「それは違う」と思ったのですが、その時は「じゃ、どんな蛙ですか」と聞かれたら答えられませんでした。『童謡は心のふるさと』(その本にも同じことが書かれています)という彼女の著書も買ってサインもしてもらったので、知ってればその場で伝えられたのに今も残念に思っていることです。それから間もなく、深入りしていた自然保全団体の事務所で「繁殖期に田んぼでコロコロと鳴いているカエル」という説明と写真が載っている本を見つけました。正に「これだ!」でした。シュレーゲルアオガエルでした。シーボルトが持ち帰った標本で名前が付けられたので日本の固有の蛙なのに和名なのにこんな名前になっています。ニホンアマガエルと姿も大きさも周りに合わせて色を変えることもよく似ているカエルですが、見た目の違いは鼻から目に掛けての黒い線の有無です。田舎なら両方とも庭でもよく見かけます。繁殖期には水が張られた田んぼに出て行くようです。このおとを彼女に伝える方法はないものかと考えているうちに彼女の訃報が入って来ました。まだ70代の初めだったので驚きもし、残念にも思いました。そんなこともあって、私にも忘れられない歌と蛙になりました。これは、昨日の「ひなぎくの会」(叙情歌を歌う会)用に作った投映用の歌詞ページです。故郷でなくても、ここらにはまだこんな風景があるのはうれしいことです。

 

2017年 6月10日(土)

 梅雨とはいって初日が雨だっただけで雨なしの日が3日目です。故郷にくらべるとかなり遅いこちらも田植えがだいたい終了したようです。最近はちょっと元気がなくなってきた気がするのでオーラを戴こうと久しぶりで大先輩のお2人を訪問して来ました。 1人は男性で85才。鳥のことを色々教わった方です。もう1人は後1ヶ月ほどで95才という女性。お2人とも、かくしゃくとしてられました。予約なしの訪問なのに運よくお会いできましたが、お2人とも家に籠ってられないのも元気な一因だと思います。「ちっとも変わっていない」といわれましたが、それはお2人の方でした。こんな方たちと話していると、70代ではまだまだ年寄の顔などしてられない気分になります。

 2017年 6月 6日(火)

 午後は出かけていて自転車で帰りを急いでいると消防署の前でストップさせられました。何があったのだろうと思ったら、サイレンを鳴らして2台の消防車が出動して行きました。初めて見る光景でした。消防車の後を付けるような順路でしたが、そのうちに煙が見えてきました。大した火事ではなさそうでしたが、多少の野次馬根性も出て行ってみました。もう火は消えていましたが、家の火事ではありませんでした。国道脇の畑でした。草でも燃やしたのが乾燥しているので広がって行ったようです。家の密集地ではありませんが、畑の隣には商店も民家もあります。家の人たち驚いたことでしょうし、火をつけた人もホッとしたことでしょう。草刈の後など自分で焼いて処分したい気持ちはよくわかりますが、野焼きは禁止になっているはずです。この市でも故郷の村でもまだまだそれが見られます。ともかく大事に到らなくて幸いでした。写真を写したのはちょっと高くなっている墓地からです。市内の方には場所が特定できると思います。

2017年 6月 1日(木)

 土・日のいい天気とは変わって曇空が続いていました。ふと気がつくと庭の池にヒメスイレンが2つ咲いていました。月も変わったので梅雨ももうすぐでしょう。今日は朝の散歩には行きましたが、ほとんどの時間をPCの前で過ごしてしまいました。英語の教材作りで YouTube の音だけをよく利用しているのですが、PCで聴いている時は問題ないのに録音してみると雑音が入っていることがよくあって嫌な思いをしていました。別のPCでソフトも変えてやってみたのですが、結果は同じでした。ところが、無料の Any Video Converter でも録画して音を取りだせることを教えてくれる人がいました。インストールの仕方から丁寧に教えてくれたのですが、既にインストールしていて使っていました。しかし、名前のとおりで形式を変換するソフトだと思っていたので、そんな使い方があるとは知りませんでした。音の方には Any Audio Converter というのがあります。これも使っていましたが、この両方を使うと雑音のないMP3の音を手に入れることができました。これまで使っていたソフトは高価ではないものの有料でしたが、無料の方が優れているとは驚きました。もちろんこれらの有料版もあって、もっと優れた機能があるようです。Facebook や Twitter なども無料なのに一方では大儲けをしている企業のようなので今の世の中は不思議です。ところで、「企業の成功者を国のリーダーにしたら国を滅ぼす」と誰かが言ってました。かの大国が正にそのとおりのようです。全てを金儲けができるかできないかで判断しているようです。その国の主導で纏まったパリ協定からも脱退するかも知れないとか。その前触れか、ついに今夜は荒れ模様になって来ました。

2017年 5月31日(水)

 とうとう5月も終わりになりました。関西地方の梅雨ももう間もなくでしょう。紫陽花の花もかなり咲いて来ました。モンシロチョウがやって来てヒラヒラと飛んだり止まったりしていたので、狙ってみました。飛びものは鳥も難しいのですが、蜻蛉はもっと難しいし、蝶は行く先が読めない上に短い動きを繰り返すでの更に難しくなります。かなり速いシャッタースピードで撮ったので何とか見られる写真にはなったようですが、まだまだです。タンポポもまだ見られますが、蝶々よりももっと小さなヒラタアブが来ているのが目に付きました。小さくてもこちらはあまりチョコマカ動かないのでまだ楽ですが、小さなものはピントがなかなか合いません。そして溝の縁で見かけたのがトノサマガエルでした。これはじっとしていたところを撮りました。子どもの頃、田んぼで捕まえて道にぶっつけて殺し、皮を剥いで竹の棒の先にくっつけてモズクガニ?を釣ったものでした。思えば残酷なことをしたものですが、その頃には何とも思わずやってました。

2017年 5月28日(日)

 昨日も今日も雲一つないというほどのいい天気でしたが、2日とも半日以上を浜辺で子どもたちの見守りで過ごしました。もっとも、昨日はその他大勢の1人で気楽でした。でも今日は主宰者で責任者でもあったので気持ちは重いはずでしたが、ずっと楽しい気分で過ごせました。昨日は海辺とはいっても割り石のジャングルの中にいるような人工の浜辺でした。今日は自然のままの広い浜辺で潮が引くまでにまず清掃活動でした。海上保安庁の人たちも久しぶりで応援に来てくれました。いつもはいても少ない子どもたちも20人以上。付添は必須ですので当然大人も同じ数以上いて、広い浜辺の掃除も30分少しでいつもよりずっときれいになりました。後は昼食を摂りながら干潟が現れるのを待って自由なお遊びの時間。年に数回しか現れない干潟なのですぐ近くに住んでいる人たちもほとんど知りません。2時間以上遊べたので子どもたちも子どもに返った大人たちも大喜びでした。私も干潟に渡っていましたが、去年同様にタマシキゴカイやヒトデなども砂の上に取り残されていました。オカメブンブクも干潟が暖まって来ると我慢できなくなったようで続々と出て来ていました。何だろうと思ったのは半円の一部がないゴム状のもの。これも何かの卵だろうと思うのですが、まだ不明のままです。水の中には小魚もたくさんいましたが、写真は撮りませんでした。今年は時期が遅かったせいか、去年はかなりの数いたアメフラシは見かけませんでした。

2017年 5月25日(木)

 午後の散歩の足をまた浜辺まで伸ばしてみました。残念ながらハマヒルガオはもう花盛りを過ぎて寂しくなっていました。ハマボウフウの方はまだまだ花盛りが続いていますが、きれいさではハマヒルガオに適いません。でも、地味なハマボウフウの花もそれなりに魅力があります。食用になることも知っているといい植物です。その花のあっちこっちからブーンブーンという音が聞こえて来ます。ミツバチたちが蜜集めにやって来ているのです。やがてスズメもやって来ました。何を食べているのかはわかりませんでしたが、小さな虫でも見つけたのでしょうか。

2017年 5月18日(木)

 朝から夕方まで雲1つない快晴という珍しくいい天気でした。夕方少し早めに散歩に行ってみました。こちらでも田植えの準備が始まっていましたが、まだ畑の状態の田んぼには相変わらずケリとヒバリがいました。海まで足を伸ばしましたが、その途中でこれまで通ったことのない道を通ってみました。よく歩いていてもまだまだ気がつかない道があるものです。灌木にきれいな花が咲いていてこんな蝶が止まっていました。蝶の方は時々見るサトキマダラヒカゲ(里黄斑日陰)だと思います。名前のとおり夕方出て来て日陰にいるので、見たことがない人も多いのではないでしょうか。この蝶も止ったら絶対に翅を拡げないので表側を見るのは捕まえなければ無理でしょう。花の方はまたKさんにヒントをもらったのですが、シャリンバイ(車輪梅)でだと思います。なかなかきれいな花です。ところで隣の国では大統領が逮捕されましたが、大統領に対して特別検察が設置された国があります。率先して憲法を守るべき立場の人が憲法をないがしろにしていると思われる国もあるのですが、その国ではそんな気配もないのが何とも不思議です。政治の世界は快晴とは縁遠いようです。

2017年 5月17日(水)

 相変わらず暑かったり涼し過ぎたりの日々で体調維持に気を使う日々です。庭の池においた鉢の中にこんな花が咲いていました。植えた覚えがないのですが、、、。知らない植物の名前は自分ではなかなか調べられません。そこで植物に詳しいKさんに助けを求めました。オモダカ科だろうという回答をいただきました。手がかりができればたいがいは自分でも何とか辿り着けます。学名は Sagittaria pygmaea という水草のようです。小型で草丈が10cm以上になることはないとのことです。それもぴったりでしたが、ほとんど同じ写真もありました。和名はウリカワ(瓜皮)。葉の形が剥いだ瓜の皮に似ているからだとのこと。在来種で田んぼによくあるようです。それで、思い出しました。かつてミズオオバコ(水大箱)を田んぼの畔で見つけて1株もらって来て植えていました。残念ながらミズオオバコはそれっきりでしたが、その時にこれもくっ付いて来ていたようです。自分でわかる植物が1つ増えました。

2017年 5月11日(木)

 最近は鳥撮り散歩もままなりませんが、近くの田んぼに行くとケリのけたたましい鳴き声とヒバリの賑やかな声が聞こえています。両方とも2羽いるようなので巣作りに励んでいるのかも知れません。ケリはけたたまし過ぎてその声は芸術的ではありませんが、「揚げ雲雀」は詩にも音楽にもなっています。英語の世界では George Meredith の詩 "The Lark Ascending" に感銘を付けて Vaughan Wiliams が作った曲が有名です。ヒバリは地上にいるのは何度も撮っているのですが、揚げ雲雀は「声はすれども姿は見えず」の時が多くてなかなか撮れません。やっと姿を見つけても遠すぎて私の持っているレンズでは使い物になるようなものはまだ撮れません。そこで、ケリの写真と合成してみました。時間ができたらまた出かけて挑戦してみたいと思っています

2017年 5月 4日(木)

 親子で楽しみにしている人たちが多い「自然と本の会」の恒例の男里川の生き物の観察会。私が関わりだしてからでも10年近くやっていますが、雨が降ったことはありません。今日は初夏の天気で水の中に入って濡れても寒くない気温でした。ちょっと早めに行って時間があったので久し振りに河口の方を覗いてみました。チュウシャクシギの5羽の群がいましたが、その中に夏の姿に変りかけのユリカモメが1羽混ざっていました。観察会のは9時半から。参加人数は20数名でちょっと少な目でしたが、水量も減っていて小さい子どもたちも水の中に入って十分楽しめたようです。流れが途切れていてアユたちも遡上できずにいました。ここで捕られたのはむしろ幸せもの。観察の後ではもっと水の豊かなところに放してもらえますが、雨が降って水量が増さなければここに留まっているものはやがて日干しになるか鳥たちの餌になってしまうでしょう。最後には子どもたちが捕まえたものも含めて、説明会があって私たちも知識が深まります。去年はヤマサナエが羽化したところに出会いましたが、今日は捕獲されたヤゴの中に羽化を始めたものがいました。観察会は12時で終わりでしたが、私はそれから元同僚を案内して海岸沿いに里海公園まで自転車散歩をしました。私たちのもう1つの活動場所の浜にはハマヒルガオが既にたくさん咲いてきれいでした。

2017年 4月28日(金)

 山のお寺で毎月28日に午前と午後の2回、護摩を焚いて柱源(はしらもと)供養をしています。午後に行くつもりでしたが、いい天気なので午前中に行きました。しかし、時間を間違えていて後半だけになりました。わかる言葉でお経?もあってありがたみ感じました。檀家でない人参加していましたが、終了後、その人が山に登るというので同行することにしました。この山はかつては修験道の道場であったところで、山頂付近の岩場にはその名残がたくさんあります。そ復活を及ばずながら応援したいと思っています。私が自然への深入りをするきっかけになった保全団体に寄付した土地があるところへも寄ってみましたが、看板は無残な姿になっていました。ちょっと悲しい気分でしたが、山頂からの眺望を楽しんでの帰りにタカネエビネとジエビネが咲いているのを見つけました。嬉しい気分になって寺のところまで戻って来ると、地元で活躍している同級生2人と出逢いました。意欲的に活動している住職を支援するための新たな会を立ち上げようとしているのでした。私も即加えてもらいました。その後、その1人の家のミニ野草園へも連れて行ってもらいました。かなり珍しいキエビネやサルメンエビネなども見ることができました。護摩供養に参加したご利益か、実にいい日になりました。

2017年 4月24日(月)

 昨日は雲一つない快晴でしたが、14年ぶりの小学校の同窓会でした。前回は私が企画の中心でしたが、今回は出席させてもらうだけで申し訳ないような気分でした。今日は午後にはかなり雲が出て来ましたが、昼をかなり回ってから通称「土佐の投入堂」へ久しぶりに行って来ました。私が以前に行ったことを知っていたK君が是非行きたいというので同窓生ではない若いTさんに頼んで一緒に行ってもらいました。登山口からは大したことはないのですが、そこへ行くまでの距離がかなりある山奥なので車がないと無理でした。谷川沿いに登った山の上の巨岩の窪みに建てられている聖神社の別名が投入堂です。最初のものは江戸時代に作られていたようですが、崩壊していたのを平成になってから地元出身の大工さんが中心になって再建されたものです。写真に写っている谷向こうの山から見たら凄いところにも建てられているのがよくわかるのですが、時間が足りなかったし、かなり険しいところもあるので今日はやめておきました。他のところにもいくつか案内できたので同行の2人にも大いに満足してもらったようです。私にも実に楽しい半日でした。

2017年 4月22日(土)

 私も檀家である山の小さな寺で日の暮から「奉音供養 久乗おりんコンサート」というのがありました。「久乗おりん」とは仏壇に必ず置いてあってチーンと鳴らす仏具を逆さまに吊るして楽器にしたものです。初めて聴く妙なる音色でした。この寺の住職は私の子どもたちよりももっと若いのですが、「一地方寺院の挑戦」(ホームページの名前)を活発にしています。数年前にこの住職になってから本堂を建て直しましたが、父母の代まではお世話になっていた寺なので建設費の支援には最低の口ながら加わらせてもらいました。信仰心がありないない私は葬式と法事だけの寺なら、これで縁切りにしてもらおうかとも思っていました。しかし、それだけでは収まりそうにない青年住職に大いに期待して、檀家費をまた払い出しました。個人的にもかなり親しくなったと思っていますし、できることがあれば支援したいとも思っています。この夜の参加者は予想以上に若い人も多くて50名近くの参加者でした。本堂の落成式よりも多かったそうです。最後には住職がギターを弾きながら、何と「ハレルヤ」を熱唱するというおまけまでありました。お経と同じ気持ちで歌ったとのことでしたが、こういうのも私は大歓迎です。ますます期待の持てる一地方寺院になりそうです。

2017年 4月18日(火)

 昨夜の大荒れの天気は今朝は収まっていました。午後はちょっと思いついたことがあって、久しぶりに母校を訪ねてみました。私が入学した頃は荒涼としたところが目立つキャンパスでした。写真のところは毎日通っていたところですが、こんなりっぱな並木道などありませんでした。建物も何倍もの数になっていましたが、まだ昔あった建物も少しは残っていました。時計台のある校舎や図書館はまだありました。休憩時間には学友たちとその前の芝生に坐ったり寝転んだりして過ごしたものでした。その芝生はまだありましたが、もうそんな雰囲気でははさそうでした。そして図書館だった建物は別の目的に使われていました。もう図書館などという建物すらありませんでした。「学術情報総合センター」という高層ビルがそのようでした。昔のように自由に入ることはできませんでした。建物の中には入れましたが、駅の改札口のようなところがあって、目的のところへ行くには磁気カードが必要でした。しかも、警備員が見張っています。でも、目的を言うとバーを開けて入れてはくれました。その後、また懐かしさを求めてキャンパスを少し歩いてみました。でも、半世紀以上も前の卒業生は浦島太郎の気持ちで歩くのみでした。

2017年 4月17日(月)

 風雨が強くなりつつあります。しばらく楽しませてくれた桜の花もこれで完全に散ってしまうでしょう。4月ももう半分過ぎてしまいました。何だかんだと言っていても時は容赦なく過ぎ去って行きます。「自然と本の会」も会員の老齢化が進んでいていろいろと問題も多くなって来ていますが、機関誌『自然ふれあい便り』は49号を発行できました。会は発足以来20年ですから、1年で2号~3号出して来たということになります。A3版の白黒で発行されていましたが、A5版で自前で印刷もするようになり、カラー化も実現しました。しかし、一部あたりかなり高くつくので、財政規模の小さい会では正会員外には特別な場合を除いて白黒版でしかお届けできません。ホームページも消滅していましたが、私の子ども世代の会員のTさんが引き受けてくれました。「自然と本」で検索していただくと、「自然と本の会」(http://www.eonet.ne.jp/~naturebookhannan/) の新しいホームページがトップで出てきます。興味を抱かれた方はぜひそこでお読みください。今号は「編集後記」も書きましたが、編集責任者は私ではありません。しかし、版下の最終整備と印刷を引き受けているので時にここまでやってしまいます。代表であるだけでかなりの重荷になって来ましたが、こういうことは好きなので時間を取られてもあまり苦にはなりません。次はいよいよ50号です。会の20周年と併せて特別な号にできたらいいなと思っています。

2017年 4月16日(日)

 いい天気でした。暖房が欲しいような寒さだったかと思えば、昨日・今日は5月中旬の気温だとか。道には花の絨毯ができて、ほとんど葉桜になりました。他の木々も若葉が目立って来ましたが、この温度差は植物にも動物にもよくはないでしょう。私にも結構応えます。一応は元気で出かけてもいますが、せっせと昼寝もして体力維持をしています。カモたちもそろそろいなくなるでしょうが、久しぶりで覗いた河口の海にはまだヒドリガモがたくさんいました。シギやチドリ類の渡りももうすぐでしょう。既に「貝毒発生」が伝えられていて貝堀の人たちの姿がないのは鳥見にはうれしいことです。

2017年 4月10日(月)

 松岡 司さんがタグ付けしてくださった西谷退三ですが、郷土、といっても生家がすぐ近くの先輩・牧野富太郎はたいへん尊敬していて、「oak が樫の類でないこと」なども確認の手紙を出しています。『西谷退三の虚像と実像』は今は亡き永国淳哉さんの推薦で思ってもいなかった『土佐史談』に書かせてもらったものです。これはそれを元に小冊子にしたものです。実のところはそれまで西谷退三のことは通説どおりに信じていました。当時、青山文庫の館長であった松岡さんに大いに助けていただいて書けたものです。眠っていた資料を次々に出してもらって、できる限りのことを調べました。通説とはかなり違っているところも発見したので、こんな題名になりました。「1冊の本に生涯をかけて翻訳した」とか「半生をかけて」とかいわれていますが、実際はそれほどではなかったのです。そして、死の知らせを受けて駆け付けた森下雨村がその枕元に積まれた原稿を見て、「初めてこんな本を翻訳していたことを知った」などということも事実とは違うこともわかりました。生前に森下雨村に原稿も見せて出版の相談をしていたのです。そんな話になったのは小説家でもあった雨村が西谷退三を売り出すための脚色だったと私は考えています。それにしても、せっかく残っていた西谷退三の旧居が崩壊に瀕しているのは何とも哀しいことです。何のためだかわからない牧野富太郎の生家の一部を復元するくらいなら、名訳を生み出した旧西谷退三邸を保存して欲しかったと思います。また日本の探偵小説の産みの親ともいわれる森下雨森の旧居の一部も私は見ることができましたが、それももうこの世から消えています。

2017年 4月 8日(土)

 暖かい日が続いたので桜も満開になりました。鶯も鳴いていて久しぶりに姿を見つけて写真も撮れましたが、枝の影で証拠写真程度でした。生憎の風雨で花吹雪も舞い、花の絨毯ができています。世界情勢も吹雪のようです。ロンドン、ペテルブルグ、そしてオスロの車によるテロ事件。シリア政府軍の化学兵器使用という疑いにトランプ政権のあまりにも早い政府軍の基地攻撃。北朝鮮の情勢もあり、我が国の政府もどんどんと戦争の準備を整えているという嫌な雰囲気です。その一方で心の中で苦しい闘いをしている人たちも気になります。たまたま観た深夜テレビの再放送でこの本のことを知りました。自閉症児が13才でこんなことを書けるようになったのは親の強い愛情があったればこそでしょう。どんな国のどんな親の元に生まれるかで子どもの運命も大きく左右されることを如実に感じます。この本は同じ症状の子どもを持つアイルランドの小説家によって英訳されて、世界中の親たちにも救いを与えているとのことです。日本語の方は図書館で借りられました。読みたい人は多いようで、順番待ちの状態です。障害者はこの世から消えるべきだと惨劇を起こした若者がいましたが、日々心の中で闘いながら一生懸命に生きている人たちの世界を知ることができます。あるところは認知症の人たちにも通ずるのではないかと思いました。英訳書は図書館にはなかったので、自分で買いました。やさしい英語なんですが、それでも知らない表現が出て来たりして語学的にも得るところ大です。

2017年 4月 5日(木)

 東京の方では桜が満開のようですが、こちらはまだチラホラ。早々と桜祭を予定していたところではちょっと寂しかったようです。温かくなったので、かなり前から言われていた庭の池の掃除をしました。何十年か前には鯉を飼っていたのですが、今ではメダカとヤゴと名前も知らない虫たちの住み処です。できるだけ自然のままにしておきたいのですが、美観上はそうもいかず池の神ならぬ我が家のカミさんにしょっちゅう叱責されています。ヘドロを搔きあげるとメダカもヤゴも入って来ます。まだ居そうですが、今日捕まえた分はこれだけでした。私にはヤゴの名前まではわかりませんが、大きなのは5cmありました。多分、オニヤンマだろうと思います。もちろん全部また池に戻しました。

2017年 4月 1日(土)

 今朝は雨もやんでいました。そして昼ごろには空も明るくなり気温も少し上がって来ました。思いがけなく遠来のお客様がありました。オカリーナの奏者でもあり製作者でもある上村彰さんが枚方に来るので阪南市も見てみたいと来てくださいました。あまり時間はありませんでしたが、「せんなん里海公園」に興味を持たれているようなので案内しました。そして、できたばかりの「しおさい楽習館」で「浜辺の歌」を吹いてもらえました。よく響いてコンサートをするにもいいところのようでした。そのうちにまた来ていただいて、オカリーナの体験会とコンサートを開けたらいいなと思っています。ところが、私の身近にはオカリナをやっている人はいませんし、そんな話も聞いたこともないのです。思えば不思議なことです。これからその方面にもアンテナを伸ばさなければ、と思っています。私にも楽しい半日でした。Greennote Macrobi Ocarina という名で 上村さんの Facebook があり、演奏も聴けます。自作のヨットでトンガまで出かけたこともあり、マクロバイオチックスなど、なかなか多方面で活躍されている人です。

2017年 3月27日(月)

 日・月と次女の家族に伴われて小旅行に行っていました。てっきり雨だと思っていたのですが、雨には全く遭わずに楽しく過ごせました。1日目は近くをいつも素通りするだけでなかなか行く機会がなかった大塚国際美術館でほとんどの時間を過ごしました。全てが贋作ながら、これほど素晴らしい美術館は他にはないでしょう。近くに寄って触れるというのも素的なことでした。若かりし頃に観たミケランジェロの最後の晩餐もその時の修復前のものがありました。慶野松原にある淡路島のホテルも快適でした。松原は前日に散策していましたが、朝は海岸に出て少し散策。雨は夜のうちに降っていたようで、すっかりいい天気になっていて快適でした。淡路島へは数えられないくらい行きましたが、本州側はほとんど知らないところでした。自分で運転する必要のなくなった家族旅行に感慨を覚えながら、あなた任せで回りました。こんな花の鳥(パンジーが植え込まれていました)があったのは明石海峡公園です。こちらは自分たちの住んでいる対岸ですが、初めて行きました。せんなん里海公園よりも多くの家族連れが訪れていました。こちらは入場料が必要でしたが、駐車料は500円。せんなん里海公園の方は入場料は不要で駐車料が600円。里海公園の駐車料が高いと思っていましたが、入場料が不要な方だから安いということになります。ともかく、天気にも恵まれて久しぶりの孫たちも一緒の家族旅行を楽しめました。

2017年 3月24日(土)

 自然派の仲間の間ではあまり評判のよくない「せんなん里海公園」ですが、それなりに落ち着いて来てやって来る野鳥たちも増えているようです。半分は我が市の方にあっても、事務所のある建物などは隣の町の領分にあるのもあまり嬉しくない理由でした。我が市の方にもやっと施設が1つできました。名付けて「しおさい楽習館(がくしゅうかん)」。半分は壁がなく、半分は窓や戸もあって展示もできるようになっています。金曜日の午後は展示の準備に行ってましたが、土曜日の午前はその屋根と柱だけの部分でオープニング・セレモニー。気温も低い上に海からの風もあってかなりな寒さでした。来賓のスピーチがほとんどは短かくて意外に短時間で終わって助かりました。昼食はおにぎりとワカメ汁をいただけましたが、午後の会議までは2時間以上ありました。どこで時間潰しをしようかと思っていたら「海辺の森を育てる会」の人たちが集まっていたので、加えてもらいました。私たちの「自然と本の会」は拠点がありませんが、彼らは拠点と決まった活動の場があるのは羨ましいことです。

2017年 3月21日(火)

 「♪降るとも見えじ春の雨/ 水に輪を描く波なくば/ 烟るとばかり思わせて/ 降るとも見えじ春の雨」 という歌詞を思い出す春の雨でした。もう止んだと思って歩いていましたが、帽子に手をやると結構濡れていました。この歌の題名は「四季の雨」。知っている人はあまり多くないようですが、日本の雨の素敵な歌です。もちろん、夏・秋・冬と続きます。ところで、池に残っている渡りのカモはヒドリガモくらいだと思っていたらオカヨシガモが混じっていました。他の多くのカモ類と違って雄もかなり地味ですが、上品さが感じられる色合いでファンは多い鳥です。

2017年 3月20日(月)

 「シロバナタンポポの群落の中にキビシロタンポポというのがあるかもしれない」と聞いたので、また出かけてみました。農道の脇にいくつもの群落があります。数えてみたら1つの群落におよそ70ほど。しかし、どこを見てもキビシロらしいのは見当たりませんでした。改めて見回して見ると、ここらはほとんど白ばかり。黄色いタンポポが所々にあるのですが、外来種ばかりのようです。在来種の黄色いタンポポが全くありません。タンポポに改めて興味が湧いてきました。外来種の総苞を撮っているとニホンアマガエルが出て来てくれたので写真に入ってもらいました。

2017年 3月19日(日)

 久しぶりに気分的にもノンビリとできた日でした。日向ぼっこをしながら久しぶりの人に便りを書いたり、昼寝をしたりしていました。夕方になって思い出したことがあって、散歩を兼ねて同級生の家を訪ねてみました。ところが、犬が留守番をしていて吠えられただけ。近くの遠い親類も久しぶりに訪ねてみたのですが、ここも留守のようでした。さて、どうしようかと考えた結果、遠くなったけれどいつもの池へ廻って帰ることにした。すると、いいところに行き当たりました。私は釣りはしませんが、体験がないわけではありません。こんな大物が掛かってくれてさぞ痛快だったことでしょう。鯉はすっかり観念したようでしたので、持って帰るのかと思っていたら「放してやります」とのこと。初対面のその人としばらく話していましたが、鯉はフックをつけたままでしばらく水に浸けられていました。やがて元気を回復したところで放されました。さすが大物の鯉、悠々と泳いで行きました。夕焼けがいつもよりきれいに見えた夕方でした。

2017年 3月18日(土)

 朝夕はまだ寒いのですが、日中は割と暖かい日が3日続きました。もう彼岸なんですが、2日行ってやっと山の墓地の掃除を完了。掃除をしてもお参りに来てくれる人が他にいるわけではありません。不信心者の私ですが、年2回の先祖たちとの対話の日だと思ってやっています。父母のこと、祖父母のこと、2人の姉達のこと、会ったことはない先祖たちのこと、そして今月初めに逝ってしまった友のことも考えながらやっていました。鶯もいい声で歓迎してくれていました。もうちゃんとホーホケキョと鳴いています。別のところですが、こんなタンポポが咲いていました。完全に白いわけでもないし、萼も中途半端。セイヨウタンポポとカンサイタンポポの交雑種でしょうか。
*と、書いたのですが、交雑種などではなく、シロタンポポだそうです。

2017年 3月13日(月)

 今日はもう天気が悪くなってしまいました。これは昨日の写真です。犬を連れているのは通りかかった人ですが、2人はここで写真を撮っていた仲間です。私たちが住んでいるのは住宅地ですが、5分も歩かずにこんなところに来られます。これも田や畑を作ってくれている人たちがいればこそです。右手は丘のようになっていて私が立っているのは溜池の土手です。この池にも時々カモたちがやって来ます。海まで歩いても10分ほどで、大阪湾や淡路島も眺められます。里山も里海も楽しめるところです。1月末にほんのわずかな時間で今森光彦さんを案内しましたが、気に入ってもらえたようです。講演会でも言及されたので、ちょっと有名にもなったようです。

2017年 3月12日(日)

 昨日はあの忌まわしい記念日。復興は少しずつ進んでいるようですが、原発の廃炉の問題はほとんど進展していないようです。でも首相の言葉からはそれが消えました。意図ありというのは勘ぐり過ぎでしょうか。この国もあの国も今のリーダーでは不安いっぱいでも、目下はどうしようもなし。そして昨日も今日も信じられないような忌まわしい事件が報じられています。何でそんなに簡単に人を殺せるのでしょう。特にこれからが人生本番という若い人たちが。自分の近くで起こっていなくても憂鬱な気分の日々です。それでも季節は日々進んでいます。「お水取り」が終われば関西も春本番。午後、散歩に出ると写真を撮っている2人の仲間に出会いました。鴬の鳴き声は3日ほど前に聞きましたが、ツバメもいたと言っていました。もっと一緒にいたいところでしたが、私の散歩の第一の目的は歩くこと。ともかく適当な距離を歩いて来ないと目的を達せません。少し遠回りをして海まで出てみることにしました。浜辺ももう完全に春の気配ですが、ここに居着いているらしいヒドリガモたちが相変わらず泳いでいました。セグロカモメも大集団ではなくたった2羽、浜辺に坐りこんでいました。グンバイヒルガオがどこかに残っていないかと探してみましたが、やはりもう姿は見られませんでした。ここらの冬はそう厳しくはないのですが、南方の植物の冬越しはちょっと無理なようです。

2017年 3月 5日(日)

 ハマボウフとハマヒルガオを保護している浜辺の清掃日でした。暖かくて助かりましたが、その割には参加者は多くありませんでした。目立つところにあるゴミは拾い易いのですが、この写真のような草の中にあったり、テトラポッドの隙間に入り込んだものはかなり手間取ります。1時間たっても移動できた距離はせいぜい2mほどでした。ビニール系のゴミは小さくなればなるほど環境や生物への被害が大きくなります。ほどんどはここに来た人たちが捨てたものではないのです。風や波があるごとに海から打ち上げられて来たものです。せめて月1回でもできたらいいのですが、掃除を引き受けているのはここだけではないので会員だけではなかなか時間が取れません。5月になればこの浜はハマヒルガオとハマボウフウの花盛りになって大潮には干潟も現れます。「掃除+浜遊」びをもっと広く呼びかけてみようと思っています。今日は一番の友の訃報が入って悲しい日にもなりました。

2017年 3月 4日(土)

「♪もう春ですね~」という感じですが、どうやら明日までのようです。そこで、ちょっと散歩に出てみました。野焼がされた溜池の縁にはもう土筆が出ていました。一方ではその近くにある木の上でもきれいではない花が咲いていました。子どものころから知っている木なのですが、目立たないのでじっくり見たこともありませんでした。今のところ私は平気なのですが、この時期には見るも嫌な人たちが増えている木の花です。左が雌、右が雄です。雄の方はまだ花粉は出していないようです。私たちには迷惑でも、彼らは彼らで子孫を残そうと必死のようです。

2017年 3月 3日(金)

 春が一段と近づいた感じでいい天気の雛祭りの日でした。我が家のお雛さまたちは次女のところへ行ってしまって我が家には何もなし。世の中は相変わらず鬱陶しいニューズばかりです。東京でも大阪でも土地の問題で大混乱が起きていて注目はしています。しかし、私は1日のほとんどパソコンに向かって些細なことに時間を使っているありさまです。英語の勉強をする人たちにとって綴り字と発音の不一致は最初の難関です。同じ文字でもその読み方の多様性は日本の漢字なみともいえるでしょう。それが地名や人名などの固有名詞になるとなおさらです。日本語でも「小鳥遊」「鴨脚」なんて姓があるのですが、知っている人がどれだけいるでしょうか。前者の人には残念ながら会ったことがありませんが、後者の人とは親しくしていた時がありました。英語の方でも reading は誰でも読めるでしょうが、これが地名になって "Reading" となるとどうでしょうか。また写真はオクスフォード大学の有名な学寮の1つの入り口の掲示ですが、この "Magdalen" がまた意外な読み方です。こんなところが勉強していると面白くも思えるところですが、入門者には大きな障害にもなるでしょう。こんなのは例外中の例外ですが、英語の綴り字と発音にはある程度の法則らしきものもあるのです。そんなことで手助けが何とかできないかと思ってやっているのですが、小さなことに意外と時間を取られています。私は高校でしか教えたことがないので、現役時代はほとんど考えもしなかったことでした。

2017年 3月 2日(木)

  日本は英語などできなくても、母国語で高等教育ができる国のはずです。そして、一昔前にその高等教育を受けた人たちは英語でも独語でも仏語でも話すのは得意でなくても、かなり難しいものでも読む力は持っていたのではないかと思います。ところが「会話ができない」ということがあまりにも強調された結果か、中学校の英語教科書のほとんどのページが会話になってしまいました。ところが、会話の文は文法的ではない部分もかなり多いので、「積み重ね」という点ではかなり難しくなります。その表現を暗記するしかないのです。それはそれで必要な部分ではありますが、しかも、小学校から教えるようになりました。中学校はまだ専門とする教師がいるのですが、小学校には英語教育を専門とする教師はまだ配属されていないでしょう。それでもやる価値があるのでしょうか。もう20日ほど前の毎日新聞の記事ですが、小学生でも文法を教えないと定着は無理だということが出ています。残念ながら、小学校の先生は英語が得意な人がいたとしても、今の状況では十分な知識と準備を持って生徒たちを指導する余裕はないのではないでしょうか。「勉強は学校ではなく、塾で」というのではただでさえ広がっている貧富の差を広げるばかりです。以前からもかなりそうではありましたが、その最尖端を担わされているのが英語教育のようです。かつて、「英語ができるのは5%でいい」という発言をした国会議員がいてかなり批判されましたが、英語に限らず外国語も少なくても1つくらいはできた方がいいに決まっています。しかし、「英語ができなけれ就職もままならない」という国がいい国なんでしょうか。「小学校から英語教育をしなければならない」というのなら、それだけの環境を整えるのが政治や行政の役割ではないでしょうか。外国語の教室は多くても20人までにすべきです。そして、ちょっとやり方を変えれば中学校からの英語教育で今まで以上の成果はあげられると思います。

2017年 3月 1日(水)

 学校からお呼びでない(お呼びがあっても行きませんが)私のような者にも声を掛けてくれる人がいて英語の講座をいくつかやっています。嫌いなことではないので「月1回なら」と引き受けたのですが、月1回でもいくつもになるとそれなりに時間を取られます。いや、嫌いではないというより、むしろ今は一番楽しいことになってしまいました。一番長くやっているのは英語が好きな人たちですので、更にレベルも高くなっています。恐らく大学の教養レベル以上なので、私の興味に応じてほとんど何でもできるのがまた楽しいことです。しかし、最近始まったグループは英語はむしろ不得手だったり、嫌いだったりした人たちがほとんどです。だから、できるだけ楽しくしようと歌もほとんど毎回取り上げています。その作者のことや裏話的なことなどもできるだけ取り上げています。現役時代には歌は教えてもそこまでやる余裕はありませんでした。自分があやふやだったり、知らなかったことを知ることになるのでこれも楽しいのです。厳密にいうと著作権に触れるところもありそうですが、小さな教育的グループでのことなので許されると思っています。この歌の場合は映画のロケ地へ行ったことやミュージカルでない前の映画も観ていたことも思い出しました。

2017年 2月28日(火)

 「2月は逃げる」といいますが、とうとう今年も2ヵ月が過ぎ去ってしまいました。寒い寒いと思っていても、春は確実に近づいているようで各地で梅も満開のようです。我が部屋の窓の外でも沈丁花の花が咲いています。男里川水系一斉清掃にも行きましたし、堺市の仁徳天皇陵の前の大仙公園での植物観察会へも行きましたが、そんな写真もアップすることなく日が過ぎ去ってしまいました。このところ家にいる時は現役時代に戻ったようなことに熱中しています。いや、こんなことは現役時代にはできなかったことかも知れません。テレビでは「スピード・ラーニング」というのをこれでもか、これでもか、というほど宣伝しています。あれだけ宣伝が続いているということは売れ続けているということでしょう。でも、私の身近ではあれで英語ができるようになったという話は聞いたことがありません。登場して宣伝しているような環境にある人なら、できるようになるかも知れません。ただし、聞いたり、ちょとした話をすることに関してはです。読んだり書いたりする方はどうでしょうか。また小学校の3年生から英語を正規の教科にして評価もするとか。今の小学校で英語を教える環境が整っているのでしょうか。ちゃんと教えられる教師がいるのでしょうか。英語教育は中学校からでも十分だと思っています。もっと国語を充実させて欲しいと思っています。母国語である日本語がしっかりしていない人は英語でもなかなかしんどいことになるのです。私はもう学校では教えていませんが、要望してくれる人たちがいて月1回 (10人以下で2時間)の講座をいくつかやっています。こんな人数だから2時間ぶっ続けでも楽しくできるのです。教材は全部手作りですので、準備に結構時間を取られます。でも自分自身の勉強にもなっていますし、教えることも含めて楽しい時間でもあります。講座の中心は「スピード・リーディング」です。決して速くは学べませんが、「高速で音読」することによって英語を使えるようになる訓練をしています。その人たちは確実に力をつけています。そこで『セルボーンの博物誌の鳥たち』もスピード・リーディング用の教材にしてみようと思っています。これは上級者用です。まだ始めたところですが、本文は読みやすいように一部書き換えました。また訳文の方も「英文が簡単に再現できるような語順」にしています。ただし、下に書かれた秒数でできるようになるまで練習する必要があります。初級⇒中級⇒上級とタイムを設定してあります。英語に関心ある方はやってみて、感想などいただければ幸いです。

 

2017年 2月15日(水)

  久し振りに快晴で風もなくいい天気でしたが、やらねばならないことが山積でパソコンの前に長時間坐っています。鳥撮りに行きたいところですが、なかなかそんな気にもなれないこの頃です。それでも午後はちょっと用事を兼ねて外出はしました。もっとも、家にいる時は昼寝もしているし、時には本も読んでいます。最近読んだのはこんな本です。図書館に予約をしていましたが、人気があるようでなかなか回って来ませんでした。お知らせが来ても何だったか忘れているほど日が経っていました。東京芸術大学を最後の秘境と称して学生たちにインタビューして書かれています。なるほど、藝大に行くような人たちは超人的というか、実にユニークな人たちばかりのようです。学園祭も実におもしろそうです。国立の大学も自前で運営することが迫られている時代ですが、経済効率とは程遠いこんな大学が存続できれば日本もまだ望みなきにしもあらずだと思いました。

 私の本業で会った英語教育のことはあまり載せたくありませんでしたが、状況と気持ちが変わって来ました。そこで私の本の中身をちょっと紹介させてもらいます。これまで表紙は載せても、中身を載せることはまずなかったと思います。この後 Speed Reading、Reproduction のページが続きます。現役時代の終わりの方でしたので「私の英語教育法の集大成」といってもいいものです。英文を書いてもらったのは Ted Gregory さん。40課ありますが、私の要望で全て5文で書かれています。「速く読む」ということも彼のアイデアです。そのころは本ができたことが嬉しくて、イラストの今尾泰三さんや編集者(名前すら憶えていません)に感謝をすることを忘れていたことを後悔しています。ともあれ、学校での残りの5年ほどもこんな方法で教えていましたが、この本を使って授業をすることはできませんでしたので、教室での効果のほどはわかりません。でも、他の学校で使ってくれた人も、今も使ってくれている人もいます。停年を迎えて学校とはきっぱりと縁を切りましたが、幸いにも、要望もあって「英語を教える」ということは続いています。月1回の無料講座なので最初のころは「教えてやっている気分」でしたが、最近は認知症遅延のありがたい講座になっています。ほとんどぶっ続けで2時間やりますが、みなさんも楽しい時間を過ごせているようです。何十人も相手の学校の教室ではこうはいきません。この講座のみなさんは英語が好きなので、内容的にも技術的にもかなり高度なことをしています。「英会話は教えません」と公言していますし、偶に覗きに来る人がいても恐れをなして「それっきり」ということが続いていました。ところが、最近は、覗きに来た人も続いています。多少の異動はあっても5~6人だったのが倍増して嬉しいことですが、人数はこれくらいが限度だと思っています。

2017年 2月 8日(水)

 今日もまた嫌なニュースがいろいろありました。歩道で信号待ちをしていた親子が事故を起こしたトラックに跳ねられて母親が死んでしまったとか。幼い子どもは軽傷ですんだようですが、何とも痛ましいこです。ほんとうに何が起こるかわからない世の中です。私の方は一応は平穏なのですが、心配もないわけではありません。しかし、明日からこれまで以上の寒波襲来だそうなので、午後は近所を1時間半ほど歩いて来ました。この冬はツグミが目立ちます。いつもは鳥撮りが第一なんですが、今日は一眼レフにマクロレンズを付けて出かけました。こんな顔をしたものに出会ったのですが、何だかわかる人はかなりの知識をお持ちです。私は教えてもらったので知っているに過ぎません。

2017年 2月 7日(火)

 昨夜紹介した『マンガでおさらい 中学英語』にすぐコメントをいただき、うれしい驚きでした。「英文法マスター編」まであると教えていただきました。「文法」というと英語に限らず、日本語でも毛嫌いする人が多いようです。確かに「国文法」というのはそもそもが古典を解釈するために考えられたもので、現代国文法でも「文を作る」という点ではまず役立たないし、「細かな規則ばかりあって頭が混乱する」という人も多いのではないでしょうか。例えば「美しい・きれいな・大きな」は文の中では同じ役割をする言葉ですが、国文法では「品詞」が全部違います。日本語が母国語の人なら、そんなことは知らなくてもちゃんと使えます。しかし、外国語として勉強する人には全く役立ちません。そこで、外国人に教えるためには「日本語文法」というのが別にできています。そこでは全て「形容詞」として教えられます。文法を知らなくても外国語もできるようになるとは思いますが、ある程度日本語が固まってしまってから習得するには「文法の手助け」がある方が効率的です。子どもなら納得できないことでも丸暗記できますが、成人やそれに近い年齢になるとなかなかそうはいきません。ちゃんと整理されたことなら頭に入り易いことは誰も否定しないでしょう。ところが、「英語には文法がない」「英語には語法があって文法はない」とも言われます。実際のところは私もそう思っていますし、文法として習って覚えてもあまにりも例外が多いのが英語です。「外国語の習得は単語に始まり単語で終わる」ですが、日本語と全く違う英語のような言葉を何とか使えるようになりたいと思えば、やはり「最低限度の文法」(それを文法というかどうかは別として)は頭になければならないと思います。自動車の運転でも、楽器の演奏でもできる人は法則的なことは意識せずにできるようになっていると思いますが、外国語を習得する場合も同じだと思います。「文法は覚えて忘れるものだ」とも言われる由縁です。まず頭に入れておいて欲しいことを私はたった1ページに整理して教えています。参考までにご覧ください。まずはこれだけでいいのですが、簡単過ぎてなかなか頭に入らないようです。自動車運転も楽器演奏も練習が必要です。外国語もこういうことを無意識に使いこなせるような訓練や練習が必要です。日本の学校では「訓練(トレーニング)」という部分が欠けていたのが、「学校でやった英語は役立たない」と言われて来た理由だと思います。今でこそ、1教室の生徒数は減って来ましたが、1人に1分あてても40人いればそれだけで40分が過ぎてしまいます。「教え込むだけ」になってしまうのも当然だったでしょう。小学生から英語の時間ができても状況はほとんど変わっていないのではないでしょうか。「少々の会話はできても読めもしないし書けもしない専門の大学生」(私の友人の大学教授の言葉)もかなり増えているようです。困ったことです。

2017年 2月 6日(月)

 私のFBを見て頂いている方々はほとんど興味はないでしょうが、意外にいい本だと思うので紹介しておこうと思います。英語が大嫌いだったいう漫画家女史が大学教授に質問する形でマンガが描かれています。そして、各節の最後にはまとめの文章も例文も載っている真面目な参考書です。内容的にはほとんどが、私が日ごろシニア世代のための英語の講座で何とか頭に入れてもらおうとしていることです。年配の人たちもほとんどが戦後の教育を受けたでしょうから、かなりの数の英単語は頭に残っているはずです。ところが、それをうまく使えないのはそれだけの理由があると思います。「訓練」が欠けていたこともあるでしょう。しかし、その前に「どうも英語がわからない」と思っている人がいたら、ぜひ覗いてみてください。また、中学生や高校生でも「英語がわからない。面白くない」と思っている人がいたらお勧めの1冊です。もっとも、こんな本1冊で英語が好きになるとは思いませんが、「目から鱗が落ちた」と思う人がいるだろうと思います。「中学英語」となっていますが、実際は中学生にはほとんど教えられていないことではないかと思います。

2017年 1月29日(土)

 雨が降らず寒くもなかった点ではいい日でした。午後は市立図書館の主催で、自然や里山の写真家であり昆虫の切り絵作家でもある今森光彦さんの講演会がある日でした。今森さんが到着してからほんの30分ほどしかありませんでしたが、「自然と本の会」が要請を受けてKさんと私で私たちの散歩道である里山・里海をちょとだけ案内することができました。残念ながら淡路島も空港も対岸の山々も霞んでしまって見えませんでしたが、結構いいところであることはわかっていただけたようでホッとしました。同時に開催中の「阪南市の自然写真展」に案内したところの写真もたくさんあって想像もしていただけたようです。講演会の初めにも「貝掛」という言葉が出て喜んだ人たちもいたようでした。講演会は開場前から長蛇の列で満員の盛況でした。終了後の著書のサイン会も大人気でした。ヨシノボリやカマキリの絵の入ったサインでした。私たちの会員の中にも古くからのファンが何人もいました。私も昆虫好きの孫のために1冊買って描いてもらいました。受付や本の販売など裏方をやらせてもらった私たちは懇親会でもまた楽しい時間を過ごさせてもらいました。飾らない今森さんのお人柄はテレビで拝見するそのままでした。

2017年 1月23日(月)

 天気もよくなく風もあり朝からかなり寒く、夕方には予報どおり雪も降った1日でした。家ですっこんでいたいところでしたが、我が家の傍の電柱の機器を取り換えるとのことで、2時間ばかりの停電を通告されていました。我が家の暖房は電気がなければダメなので、家にいても寒いので歩きに出かけました。もっともKさんとの約束もあったのですが、1時間ばかり近所の散歩コースを歩いて来ました。水仙は花盛りですし、こんなに寒くても咲いている在来タンポポもあるのには気がついていました。そして今日初めて知って驚いたのは梅の花がもう咲いていることでした。寒くても風があまりあたらないところには花を咲かせている植物もあって楽しめます。帰ったらまだ工事はしていました。が、思ったより早く終わって電気が来ました。少しして歩いて10分ほどの「茶ノ間ギャラリー」での今日からのNさんの写真展に行って来ました。セレベス島で撮った鳥の写真です。鳥を撮り始めたのは私よりも後でしたが、すばらしい写真ばかりでもう私など追いつけないほどになりました。もっとも、機材も使う時間も私とは段違いですが、熱意も遥かに及びません。私は相変わらずの何でも屋で、散歩ついでに写真を撮るのを楽しんでいます。

2012年 1月15日(日)

 昨夜は雪かなという気配は感じたが、カーテンを開けて覗く気もなく眠ってしまった。案の定、今朝は雪景色だった。しかし、寒いのは苦手な私は用事もないのに外に出る気はなし。家の中から写真を撮るのが関の山。これは我が家の前のちょと坂になった道路。8時過ぎだが、日曜日でもあり車の通った跡はない。数センチの積雪など雪国の人たちにとっては笑いものだろうが、昨日出会った元気な男性(通称:紀泉伝次郎)は「明日はきっと雪が積もっているから、一番の足跡をつけに来る」と言っていた。彼のブログを覗いてみると、7時にはもう山に行っていた。他にも何人か早朝に来ていたらしい。伝次郎さんは私より若そうだったが、ハーレーにも乗っているというから凄い。私も乗れる免許証は持っていて憧れてはいたが、乗ったことなし。親しい同僚が乗っていたので機会はあったかも知れないが、可哀そうに定年前にあの世へ旅立ってしまった。昨日の帰りに出会ったもう1人の男性は80になったばかりだと言っていたが、何と上半身は半袖の白い下着だけだった。年取っても元気のいい人はいるものだ。

2017年 1月14日(土)

 明日はもっと寒くなりそうですが、ともかく今冬一番の寒さがやって来ました。センターテストの時はいつも寒くなって受験生は可哀そうです。私はふつうなら家にすっこんでいるところですが、あいにく俎石山と大福山の清掃日。参加者は少ないだろうと予測はできましたが、案の定、私を含めて男性ばかり4人。しかし、こんな日でも山を楽しみに来ている人たちはかなりいました。最初に会った3人連れは京都からとのこと。私たちはゆっくり歩くので、グループや1人で来ている人たちに次々と追い抜かれました。その中のかなりの年のように見える男性が私たちに道の質問をして来ました。後日グループで来るために下見に来たとのことでしたが、それにしては初めての山にガイドブックも地図も持たずに来るとは! 最近は掲示板もしっかりしたのがたくさん設置されているので迷うことはまずないでしょうが、もっと慎重であっていいのではないかと思いました。ところで、ゴミは登山者のマナーも海辺よりはよくなっているので少なかったのですが、道からは見えにくいところに分け入るとペットボトルや袋類が捨てられていました。不心得者は少なくなったとはいえ、まだまだです。帰りには気温が更に下がり、雪もチラついて来ていましたが、無事終了。今日の山は急坂もなく道も整備されていて危険なところはないのですが、距離はかなりあります。ハイキング程度ですが、約5時間半で歩数は17000ほどでした。これくらいのところなら、まだまだ大丈夫なようで一安心。

2017年 1月11日(水)

 寒波襲来でかなりの寒さになって来ました。今度はしばらく続きそうです。書店にも行きたかったし、夕方になってから散歩に出ました。また海辺まで足をのばしましたが、最近ここらに居ついているらしいヒドリガモが浜辺に上がって来ました。ここは海浜植物を保護しているところで掃除もしているところなので、時折様子を見にも来ます。今日のヒドリガモは休みに来ただけだったようですが、真水が出ているところもあるのでそれを飲みに鳥たちが来ることもあります。

2017年 1月 6日(金)

 寒波が続くのかと思っていましたが、今日はもうかなり暖かくなってしまいました。戴いた年賀状の返事書きで、例年の如くまだモタモタしています。でも、午後は出かけねばなりませんでした。その合間にちょろちょろと読んでいるのが、年末に戴いていた本です。左の2冊は1900年代の末に出されていた本なのでちょっと古いのですが、金沢のUさんからいただきました。20年近く経っても内容は少しも古くなっていません。右端のはごく最近の本で歴史家であり高知県の元青山文庫館長のMさんからいただきました。真ん中の本を読んでいるところですが、ウミガメの話になる前に書かれていたことが気になっています。人間の糞尿は嘗ては金を出して買われたほどいい肥料でした。今も変わらない要素はあるようですが、長く使うと作物は枯れてしまうそうです。現在の人間の糞尿には重金属がかなり含まれているからだそうです。知らず知らずのうちに我々は重金属を摂取さされているということです。それが多量に排泄されているということは、ホッとすることではありますが、、、。残されている量もかなりあるのではないかと思うと怖い話です。

2017年 1月 3日(火)

 今日も暖かでした。散歩の足を浜辺まで伸ばしてみました。グンバイヒルガオ(軍配昼顔)を見に行ったら、やはりまだ残っていました。越年はしましたが、越冬するかどうかはこれからの寒さ次第でしょう。そもそもは沖縄あたりでよくみられる海浜植物のようですが、温暖化のせいか徳島県の海辺あたりまで越冬が確認されているようです。ここで無事越冬して花を咲かせ実も付けてくれると新しい記録地になるでしょう。沖縄ではアミフィーバナとかハマカンダーと呼ばれているそうですが、英名は Seaside morning glory , Beach morning glory で「浜朝顔」というところです。さて、花は早朝に咲いているのか、もっと遅く咲くのでしょうか。

2017年 1月 2日(月)

 親がまだいてくれた時分には2日には車のラジオで箱根マラソンの実況など聞きながら故郷に向かっていたものですが、もうその必要もなくなって久しくなりました。ちょっと遠出をするのは自転車という日々になりましたが、今年もそれが続けられることを願っています。でも、もっと歩かねばと思っています。「素敵歩き」と称している爺ちゃんばかりの歩く会も病気の人が出て来て休眠状態です。個人的にもよくあっちこっち共に行っていた友も、まずは気力を取り戻して前向きになって欲しいと思っています。ひとりでちょと近所を歩いてみました。田んぼの中の小さな溜池ではオオバンがヒョコヒョコと泳いでいました。今年も穏やかな新年ですが、誰でもひとりで自由に出歩ける時代が続いて欲しいものです。

2016年12月30日(金)

 午前中は曇っていましたが、午後は青空が広がってきました。1人は割りとよく会っていて、もう1人20年ぶりに会う元同僚との昼食に隣の市まで出かけました。気温は低かったけど、風がなかったので自転車乗りには助かりました。20年ぶりの同僚も自転車で来ていて途中で出会っていたのですが、その時は全く彼とはわかりませんでした。あちらは「そうかな」とは思ったらしいのですが、声を掛けるのは躊躇したとか。親しくしていた人でも20年も会わないと顔がわからなくなるようです。そうとわかれば、すぐに昔に戻るのですが。こちらでは珍しい関東蕎麦の昼食でした。帰りにセイタカシギが来ているかと近くの池に寄ってみたのですが、暖冬のせいかどうか、姿は見えませんでした。そして思い出したのが、最近やっと場所がわかった我が市の抜水(ぬきず)の名残。抜水とはこの地方特有の灌漑施設です。自分の田畑よりも高いところにある土地の持ち主の許可を得て、井戸を掘って横穴を通し、高低差を利用して水を流して来る方法です。時々通っているところで碑もあるのですが、全く気がつきませんでした。碑のある道路の右側の側溝を水がチョロチョロ流れているのですが、それが抜水からだとは思いませんでした。その道を少し入っていくと溝がちょと低くなり、広くなったところで2人の女性が掃除をしていました。そこが我が市唯一の抜水の名残でした。人がいなければ気がつかなかったかも知れません。右下から水が湧き出ていました。今でもいろいろなものを洗うのに使っているとのこと。我が市の方は碑はりっぱですが、その場所は隣の市の方がもっと広くてりっぱに保存されています。

2016年12月28日(水)

 今年も残り少なくなって今冬一番の寒波がやって来ました。寒いのは苦手ですが、少し余裕ができたので1週間ぶりに河口へ行ってみました。大群でやって来ているスズガモ(鈴鴨)を撮り直そうと思ったのですが、風もあって大阪湾もかなり波立っていたせいか、姿が見えませんでした。スズガモは何度かここらでも見ているのですが、300羽以上という人もいるほどの群は初めてです。残念ながら今日の写真ではありませんが、もう年内は行けないと思うので群の一部を載せておくことにします。嘴の元が白いのが雌です。カンムリカイツブリ(冠鳰)もいました。

2016年12月23日(金)

 昨日はコートも不要なほどの暖かさでしたが、風は強く、糸魚川市では大火がありました。この寒空に気の毒なことです。私の住んでいるところも住宅が密集しているので他人事ではありません。今日は気温も久しぶりで冬らしくなって来ましたが、空模様もよくないのでこんな日は家に籠って本でも読んでいたいのですが、未だに浮世の義理もあって出かけねばなりません。最近はできるだけ本は買わないことにしていますが、図書館になくて値段が高くなければついつい買ってしまいます。少しは関連があるような、ないようなですが、ごく最近買って読んだ3冊です。不死身のように思っていた田部井淳子さんも癌には勝てず、あの世に旅だってしまいました。でも、ほとんど最後まで思うままに生きた気力と行動力は流石で、悔いのない人生だったことだと思います。この本では彼女食生活まではわかりませんが、macrobioticsなどの食事療法もしていたら、もう少し長生きできていたのではないかと思いました。私はグルメではありませんが、食べ物には大いに関心を持っています。真ん中のは「四万十式」という名にも興味を持って買ってしまったのですが、「四万十式」はこの人が四万十町出身でルーツがそこにあるということだけで、実践しているのは茨城県だとのことです。ただ「りゅうきゅう」なんて野菜が出て来るのは高知県で育った人ならではというところです。自然農法は福岡正信さんの本も読んだし、訪問したこともあり、大いに興味は持っています。でも、ミミズの大切さは知っていても、この沖田和雄さんほどミミズを活用している人は知りませんでした。600坪もの畑を耕すのはミミズたちだというのだから驚きです。遊ばせている田舎の畑で私もミミズを飼って野菜作ってみようかという気にさえなっています。右端の本の著者は山谷春潮。春潮は俳号で、本名は山谷太郎。野鳥は中西悟堂に、俳句は水原秋桜子に師事した人です。俳句や短歌に野鳥もしばしば詠まれていますが、正確な名前はあまり出ませんし、季語にはなっていない鳥がたくさんいます。それで野鳥をもっと季語に取り入れることを提案しているのがこの本ですが、初版は昭和18(1946)年だからもう半世紀以上前です。でも、俳句界の事情はほとんど変わっていないようです。『北の宿から』というドラマが大変人気がありましたが、その作者・倉本聰の本名は山谷馨。山谷太郎の次男が倉本聰だと知ったのもこの本に特に興味を持った理由でした。

2012年12月12日(月)

 大洲という地名が私の頭から消えなくなったのは朝ドラの始まりのような「おはなはん」を観てからだと思います。あれは昭和41年だそうですから、もう半世紀も経ちました。10年ほど前に大洲市の山間部へは行く機会がありましたが、街の方へ行く機会はなかなか訪れませんでした。今日、街歩きがやっと少しできました。「おはなはん通り」も結構いいところでしたが、そこから更に少し歩いて行った肱川のほとりの臥龍山荘の素晴らしさには敵いませんでした。明治時代に河内寅次郎という豪商が建てた山荘だそうですが、これ以上はできないような侘び寂びが追求されたところでした。大洲でまだ見たいところは何ヶ所かありますが、ここだけでも何度でも来たいと思ったとろでした。庭も見事ですが、臥龍院・知止庵・不老庵という建物が距離を置いてありました。写真は最後の不老庵です。川の上にあるような庵です。こんなところにいたら年取るのも忘れるかもしれません。

2016年12月11日(日)

 「伊予灘ものがたり」という伊予大洲から松山までの食事付きの特別列車の旅を体験。天気もよじゅ、2年前に始まり5万名達成の日ということで数々の記念品もいただいてラッキーな日でした。ところどころで電線が邪魔でしたが、穏やかな瀬戸内の風景も堪能できました。久しぶりの松山市も少し散策しました。偶にはこんなノンビリ旅もいいものです。

2016年12月8日(木)

 今日も12月としてはかなり暖かい日でした。午後はちょっと遠出の買い物に自転車で出かけました。カモたちの数は増えていますが、気になったのが仲良く一緒にいた3羽組。両脇はカルガモですが、真ん中は明らかにマガモのオス。でも、腹部の羽の模様はカルガモに似ています。エクリプス(換羽前の状態)とは違うかなと思うのですが、、、。先日のタンポポの話でも、交雑種との交雑種が現れていてDNA判定でも種別判断は困難なものも出来ているようです。野鳥の世界でも交雑種が増えているようですが、写真は時折撮っていてもじっくり観察をしない底の浅い愛鳥家もどきの私には種別は言えなくなります。これはどうでしょうか。先達の方々、教えてください。

2016年12月7日(水)

 天気予報では寒波襲来でしたが、意外に暖かい日になりました。ちょっときつい日程でしたが、会報誌をやっと仕上げました。最近、ニュース番組でもよく取り上げられる日本最小のネズミ、カヤネズミが表紙です。カヤネズミ・ネットワークの代表の畠佐代子さんには講演していただいたので、私たちはいっそう親しみがわいています。かつては記録もある私たちの市でも生息の確認ができたらいいのですが、そこまではまだできていません。こんな絵も気軽に描いてくれる会員がいるのは嬉しいことですし、こういう活動に携わり会報誌を作るのは忙しくても楽しいことです。運営を担っているのは私を含めてかなりの年齢になってしまった人たち。若い会員が増えてくれることを願っているのですが、親子で行事には参加してもなかなか会員にはなってくれないのが悩みでもあります。

2016年12月4日(日)

 昨日の「たんぽぽの不思議発見」の話は期待どおりの知らなかったことがいっぱいでした。40年もタンポポの研究をして来た木村さんのわかりやい話で写真も資料も豊富で感銘を受けました。しかし、またも他の行事と重なっていたせいか、会員の参加は比較的多かったのですが、会員以外の市民の参加者がいなかったのが残念でした。やはり、終わるべき時が来ていたようです。昨日に続いて今朝はまだいい天気だったので、久しぶりの散歩で海辺に行きました。驚いたことに、保護していて立札もあるハマボウフウの中に2張のテントが、、、。そして海に近いところにはコンロもおいてありました。バーベキューも禁止になっている浜なのに、、、。人はいませんでした。写真を撮っていると2人の若者が釣竿を持って現れました。声をかけて注意すると素直に聞いてくれましたが、、、。立札の文字が消えかかっているので港湾局に作り直してもらわねばなりません。

2016年12月 1日(木)

 とうとう12月。2016年も今月で終わりとなりました。いろいろな事が終わりを迎える月ですが、この3日の土曜日で7年前に私が始めた「自然を楽しむ講座」も最終回を迎えることになりました。最初は2ヵ月に1回やっていましたが、年間の回数も減って来て今年は3回でした。来ていただいた講師はその道をかなり極めている方々でしたが、基本的には講師料なしでお願いして来ました。かなりの広範囲のネットワークを持っている私も自然関係となるともうお願いする人がいなくなりました。「同じ人でもいい」という話もありましたが、ここらで幕引きをする方がいいと決断しました。最後は身近なタンポポで講師は木村進さんです。大阪自然環境保全協会の理事で大阪府のタンポポ調査にも長年携わって来られた方です。毎日のように見ているタンポポも知らないことが案外多そうです。同じ職場に勤めていたことがあるのですが、その頃には私にはあまり関心のないことでした。そんなわけで私自身が楽しみにしている講座でもあります。

2016年11月24日(木)

 東京では雪が積もったとか。こちらはまだそれほどではありませんが、昨日よりはもっと寒い日になりました。コウノトリの写真は昨日撮って来ましたが、「今さら」と思って載せていませんでした。でも、コウノトリは初めて撮ったので載せておくことにしました。2羽ならんでいる左が雌、右が雄のようです。何枚か撮ったところで、全く関心のない人が土手を近づいていたので飛んでしまいました。でも後ろ向きの飛び姿で尾が黒いのではないことがよくわかりました。ちょっと待っていましたが、帰って来そうになりので諦めて駅に向かいました。ところが、駅の近くの電柱の上にとまっていました。私がいたのは30分ほどでしたが、なかなかいい場面に出会えたと思います。

2016年11月23日(水)

 晩秋の名残を思わす日々がしばらく続いていましたが、また急に冬になった1日でした。寒いのは好きではありませんが、今回は歓迎です。田舎で母が植えてくれていた甘柿は今年もダメでしたが、渋柿はよく成っていました。一昨年、思い切って剪定していました。去年はほとんど成ってませんでしたが、今年は1本の木に100個以上の実をつけています。先日、1/3ほどを採って皮を剥いで吊るすようにしました。しかし、夜も暖かくては干し柿にならず腐ってしまいます。それに干したままにしておくと鳥たちのご馳走になってしまいます。「どうしたもんじゃろのう」と思いましたが、野菜干し用に買ってあった網に入れておくことにしました。これでどうなるかは「来月のお楽しみ」というところです。まだ木に残っている分は柿好きの友だちに任せておきました。そして、今日は私もやっと岬町の古墳に来ているコウノトリを見に行って来ました。短時間でしたが、堀にいた時も電柱にとまっている時も見られました。

2016年11月19日(土)

 昨夜から雨が続いていましたが、昼ごろにはやみました。昨日の生姜の葉にこんなカタツムリがいました。きれいな殻のカタツムリを見つけたと思ったんですが、この模様は殻にあるのではなく軟体部にあって透き通って見えているのだそうです。名前はウスカワマイマイ。北海道から九州まで分布していて珍しいものではないとのこと。今日は友だちに誘われて「8Kで見て・聞いて・感じる 元祖・植物男子 マキノの世界」というNHKのスーパーハイビジョン実験放送番組を牧野植物園で観て来ました。牧野富太郎博士のスケッチと実物をハイビジョンの16倍という超精細画像で見せるのが中心でした。彼が常人の目には見えないようなところまで如何に精密に描いているかがよくわかりました。スーパーハイビジョンは莫大の開発費もかかっているようですが、これが実用化されても白黒がカラーになった時ほどの需要があるかどうかは疑問に思いました。特別な用途には必要だろうとは思いますが。

2016年11月18日(金)

 いい天気が続いていましたが、今朝は曇り空。午後はちょっと雨がふりました。久しぶりで朝の散歩に出ました。池や川にはオオバンが目立つようになりました。残念ながらクサシギなどの期待の鳥には出逢えませんでしたが、生姜の花が咲いていました。栽培している人には珍しくも何ともないでしょうが、スーパーなどで食べるところだけ買って来る人には珍しい花でしょう。白一色ですが、なかなかきれいです。

2016年11月12日(土)

 今日も好天気。大阪山の日の「雲山峰クリーンハイク」の手伝いで久しぶりの山登りでした。JR阪和線の山中渓からの登り口に集合。新しい市長も顔を見せていて写真の第一展望台までは行ったようです。私は最後尾を歩いていましたが、まだ半分も行かないうちに「とても無理。帰る」と言っている男性がいました。受付で登録して付けてもらった番号の付いたリボンも預かりましたが、「せっかく来たんだし、ゆっくり行けばいいから登りましょうよ」と言ってみると、引き返すのはあきらめて登ることになりました。日ごろはあまり歩いてもいないようで「山登りだとは思わなかった」というのです。「・・・ハイク」という名前が悪かったのでしょう。雲峰山が山だと思っていなかったと言うのも不思議ですが、標高は490mで高さは大したことはありません。でも、尾根筋に出るまでがかなり急で長いのです。尾根筋に出てからも上り下りもかなりあり距離もあります。他の人たちとは大きく離れて市役所の職員2人も一緒で、その男性にあわせて休憩もとりながらゆっくりゆっくり歩きました。私も久しぶりの山歩きだったのでゆっくり歩くのは助かったくらいですが、聞いてみると私の方が年上でした。先に行った人たちは3時間足らずで着いたようですが、私たちは4時間ほどかかりました。尾根筋の見晴はあまりよくありませんでしたが、ところどころですばらしい景色が見えました。暑くもなく寒くもなく私には快適でしたが、その男性はかなり汗も搔いていました。足も心配だったようですが、無事に往復できました。かなり自信にはなったのではないかと思います。予想の倍ほどの7時間半の山歩きの1日でした。

2016年11月10日(木)

 「♪お家がだんだん遠くなる、遠くなる…」という童謡があります。今、世界は「平和がだんだん遠くなる」という状況になりつつあるのでしょういか。テレビも新聞もまるで日本がアメリカの一部であるかのような報道がなされていました。結果は確かに酷いことになりました。Trump's shock はアメリカの国民自身の中にでも深刻な様相を呈しているようです。少なくても政治家が口にすれば政治生命が断たれるタブーがありました。それが選挙運動中に公然と口にされ、その候補がついには当選するということは世界中が騒いでも当然のことではあるでしょう。しかし、それはアメリカに限ったことではありません。我が日本でも既にそうなっています。このような世の中の進み具合ではドイツ憲法では禁止されているナチス称賛の発言もやがて、と不安になって来ます。一方、昨日の毎日新聞の夕刊には国会でも演説したカザフスタンの首相の広島訪問がトランプ騒ぎの片隅で報じられていました。今日の夕刊には「原爆詩集 インドで出版」という記事が出されていました。こういうことがもっともっと大きく継続的に報道されて、政治家たちにも少しは影響を与えてくれるマスコミであって欲しいものです。

2016年11月 7日(月)

 やっと秋らしい天気が続くようになったと思っていたら、昨日はもう冬到来のようでした。ところが、今日はまたいい天気でした。しかし、明日はもう雨のようで、日替わり天気の始まりのようです。せめて11月中はこんな夕日も見られる秋であって欲しいものです。今日の空とは裏腹に暗いニューズばかりです。各国の指導者層の愚かさ露呈もそうですが、 無くさなくてよかった命があまりにも多く失われる世の中になりました。火事による落命も後を断ちませんが、展示されたモダンアートの中で遊んでいた幼い子どもの命が出火で失われてしまったとは何たることでしょう。高温になる白熱灯で発火の危険性があることくらい思い至らないほど、今の大学生は社会的には愚かになっているのでしょうか。 

2016年11月2日(水)

 今日はまた良過ぎるほどの好天気。昨日のパタリング(puttering: のんびり ぶらぶら行くこと) は山間部を1人で往復18kmほどでしたが、今日もまた出かけてました。紀淡海峡を見下ろす大川峠へ行ってみようという誘いがありました。花田敏明さんの小説『峠三部作』の峠の1つに『大川峠』があるので、それも面白いと思いました。途中は瀬戸の海と淡路島を眺めながらの素晴らしい景色が続きました。最後は廃道になっている旧道を登って海が見えるところまで行ってみるつもりでした。ところが、峠に出る道がわからずに下りに入ってしまいました。そのまま進んで紀淡海峡に面する浜辺で昼食をして帰って来ました。往復で44km超。私の走行距離としては最長で少し自信は付きましたが、かなり疲れました。夕食までに一眠りしようと思っていたら来客があって、それは叶いませんでした。嬉しい来客ではありましたが、疲れも増えました。今夜は早寝しかありません。

2016年11月 1日(火)

 朝まで雨かと思っていたら、意外と早くやんでいていい天気になりました。予定では下見の山登りでした。しかし、手違いがあって置いて行かれてしまいました。昼食を昨日から用意してあったので1人で自転車散歩に出かけることにしました。目的地は決めずに出たのですが、11キロほどで行き着いたのが隣の市の由緒ある神社でした。丁度、境内で掃除をしていた人の説明によると。現在の社殿は360年ほど前に建てられたものだそうです。極彩色で側面にはこんな絵も描かれていました。以前から気にはなっていたところですが、こんなに綺麗だとは思ってもいませんでした。祭神は東征の伝説のある神武天皇なのだそうですが、この左手におナギの大木があって大阪府の天然記念物に指定されているそうです。

2016年10月31日(月)

 昨日のいい天気はもう危うくなっていましたが、まだ雨は降りそうではありませんでした。朝から電車でりんくうタウンまで出かける用事がありました。1000円のコンパスカードというのを買って電車に乗りました。それを、ちょっと危ういかなとは思いながら、ズボンのサイドポケットに入れました。泉佐野駅で乗り換えの時間がちょっとあったので、ホームの待合室でメールの返信をしていました。来た電車に乗ってりんくうタウン駅で降りたのですが、ポケットを探ってもカードがありません。待合室で落としたに違いありません。仕方がないので改札口で事情を話したら、泉佐野駅に電話してくれました。嬉しいことに「カードが届いている」というのです。帰りに泉佐野駅で精算すればいいことになって、別に料金を払う必要はありませんでした。泉佐野駅で行きの精算をしてカードが戻って来ました。どんな人が届けてくれたのか尋ねたのですが、わからないということでした。カードが戻って来なくても金額は言うほどのことはありませんでしたが、届けておいてくれたお陰で乗車駅が証明されました。お礼を言うことはできませんでしたが、日本人はまだまだ大丈夫だと思わせてもらえた体験になりました。そしてこれは別のことですが、我が市の 未来にも希望の持てるようになった日でもありました。忘れられない日になりそうです。

 

2016年10月29日(土)

 晴れ間もあったり、ベトっと曇ってしまったりで変な天気でした。風がそこそこ強かったので雲の動きは早く、夕方にはまた青空も見えるようになりました。それにしても、温暖化防止パリ議定書には乗り遅れ、核兵器禁止条約は反対とは!あの戦争も広島・長崎の原爆の後始末もなかった如く、原発再稼働のゴリ押し。自衛隊の海外派遣で武器使用も実効化目前。国民を守るためと言いながら、いつか来た道に国民を導いて行く。次期アメリカ大統領がどちらになっても反対だと言っているTPP など議論しているときだろうか。これも国民の目を眩ます企みか。幼児の命を守るためとのお題目でちっとも市民の方を向いていないどこかの市もその縮図。冬の時代の到来はまだ早い。しかし、夜は晴れては来たけれど、冬の到来を思わす寒さでした。でも、1週間延期になった星の観察会は何とかできました。星を見ながら宇宙の時間を考えていると、人間て何だろうと思わされました。

2016年10月26日(水)

 やっと秋らしい天気になったと思っても半日もてはいい方という状態です。先週の土曜日には夜空の観察会の予定がありましたが、雨は降らなくても晴れ間がないので1週間延期になりました。しかし、今度の土曜日もあまり期待できそうにありません。雨も降るには降っていますが、ここらで降るのは申し訳程度。稲の取り入れも何とか終わったようです。一方がちょっとした林の田んぼの縁を歩いていると黒っぽい蝶が飛んで来ました。何度か見たことはありましたが、朝夕の短い時間にしか活動しないクロコノマチョウでした。こんな色で止まったら翅を閉じたまま動かないので、落ち葉の上だったら見つけるのが難しいでしょう。樹液や腐った果肉の汁を吸うようです。花と蝶は結び付けられがちですが、このように花には集まらない蝶もいます。きれいではなくてもこんなものに出会えるのも早朝の散歩の楽しみです。

2016年10月21日(金)

 また涼しくはなりましたが、秋晴れとは程遠い天気続きで清々しい気分にはなれません。今朝の散歩は海まで足を伸ばしてみました。鳥はあまりいないところですが、ヒドリガモの姿が見えました。カモ類の中でも到来が早いといわれていますが、確実に冬が近づいているようです。北海道ではもう平地でも雪が積もったとのことなので、それも当然かも知れません。異常気象のせいでスーパーを覗いてみても野菜がかなり高くなっています。こんな気候がこれからはあたりまえになりそうですが、「パリ協定」なるものがアメリカも中国も批准してやっと発効しそうです。京都議定書の時はちょっと格好良かった日本ですが、実質的効果は何もあげられませんでした。今回は日本の政府も与党も野党も一体何をしているのでしょう。ノーベル賞を毎年もらって得意になっていても、今の日本の教育情勢ではそれがいつまで続くかわかりません。我が大阪府の教育界の状態も目を覆いたくなる状況にもなっているようです。待遇が悪くなっているせいでもないでしょうが、考えられないような教員たちの不祥事に加えて、沖縄での警察官の発言など。気持ちはわかりますが、肝心なことが頭に入っていない教育の結果かも知れません。それを擁護する知事の発言もまたしかり。大阪府の教員になる希望者がだんだん減っていることでますます酷くなって行きそうです。競争だけでは豊かな人間性は育ちません。

2016年10月17日(月)

 午前中は天気もよくて涼し過ぎるくらいでしたが、昼頃には一時雲が空を覆っていたと思ったら急に晴れて来ました。そして気温は一気に上昇。部屋の温度計を見たら29℃にもなっていました。それから自転車で出かけたのですが、荷物を背負うので背中は汗ビッショリでした。夏らしい雲も出ていました。帰りは夕方になりましたが、黒雲がまた空を覆ってまるで冬のような光景になってしまいました。日本も1日のうちに四季があって、1年には四季のない国になってしまうのでしょうか。

2016年10月16日(日)

 朝の散歩はしましたが、西の方の空は暗くなっていました。午後も出かけたいところがありましたが、雨になりそうだったので中止。新高梨のジャムを作ってみました。新高梨は大きくないと売れません。器量も大事ですので、皮に傷があったりしても商品にはなりません。また普通の梨くらいの大きさでも売ることはできません。そんなのを親しくなった生産農家でかなりの量をもらって来ていました。大きなのはそのまま食べることにして、拳大の小さなので挑戦してみました。5個使って1個分くらいの量になりました。梨は水分が多いので煮詰めるのにかなり時間がかかりました。砂糖は全く入れてませんが、かなりの甘さがあります。皮を剥がない方が栄養価は高いというので、それもやってみました。色はかなり悪くなりました。

2016年10月15日(土)

 朝は清々しい秋らしい好天気だったのに、昼頃にはもう雲が空を覆ってしまいました。昨日は自転車で長い坂を登って隣の佐川町まで行って来たのですが、今日は更にもう1つ登って越知町の横倉山自然の森博物館まで行って来ました。野並允温さんの「傘寿記念個展〜お四国遍路旅を終えて〜」が第一の目的。野並さんとは「土佐の投げ入れ堂」へ一緒に行った仲です。本拠は私と同じく大阪ですが、故郷の越知町の山の集落にもアトリエを持っている画家です。80才でもご覧のとおりパソコンもタブレットも使いこなされています。油絵は今回はモンゴルの風景だけで、八十八ヶ所その他は点描のようなところもある独特の水彩画でした。温かみのある素晴らしい絵は来場されるかご本人のフェイスブックでご覧ください。自分より年上でそれぞれの道で元気に励んでおらる片にはお会いするだけでも励まされますが、来場者は少なかったので語らいも楽しませていただきました。私も後期高齢者になったからと言って弱音を吐いているわけにはいきません。帰りは半分ほどは違う道通りましたが、自転車の距離計で往復約25kmでした。

2016年10月14日(金)

 秋らしい気温にはなりましたが、秋晴にはなかなかなりません。来週はまた暑くなるとの予報が出ていて季節も混乱気味。コスモスは秋桜とも言いますが、その上で本物桜が咲いていました。シンガーソングライターのボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞ということで、ノーベル賞選考委員会の方も混乱気味のようで批判も出ています。尤も、私は "Blowing in the Wind"(風に吹かれて)は大好きなので授業でもよく紹介していました。かつての教え子から「ボブ・ディランのノーベル賞受賞で先生のことを思い出しました。歌詞も覚えています」なんてメールをもらうと私も喜ばざるを得ません。ご本人はコンサートでもそのことには一言も触れなかったとのこと。更に好きになりました。

2016年10月12日(水)

 やっと涼しい日々になりましたが、秋空といえる日は少ないようです。あっという間に冬がやって来るのではないでしょうか。朝の散歩は短時間ですが、それでも日々色々なものに出くわします。長距離の旅をするアサギマダラだと思うのですが、2頭も蜘蛛(名前はわかりません)に捕まっていました。かわいいそうですが、クモも生きねばならないので仕方のないことです。それにしてもこのクモはなかなかのご馳走にありつけたものです。*ちょっと違うかなと思っていましたが、これはウスバツバメガだそうです。昼行性で秋に羽化するそうです。

2016年10月10日(月)

 昨日の朝は雨だったのですが、予定の海岸掃除は開始時刻を遅らせて実施しました。どれだけの会員が来てくれるのか心配だったのですが、10人+教え子のFさんと息子2人が来てくれて嬉しい驚きでした。雨も上がって天気もよくなって来ました。ハマボウフウの葉にはアゲハチョウの幼虫がたくさんいました。葉はかなり食べられますが、もちろん殺したりはしません。一旦帰宅しましたが、すぐまた出かける予定があったので忙しい日でした。今日は朝から涼しくていい天気でした。朝の散歩もして午後もちょっと出かけはしましたが、久しぶりにノンビリした気分で過ごせた日でした。家のトサジョウロウホトトギス(土佐上臈杜鵑)が咲いているのに気がつきました。熊野神宮のキイジョウロウホトトギス(紀伊上臈杜鵑)の大群落がニュースになっていましたが、単にジョウロウホトトギスと言えばトサの方のことです。ところが、トサの方は土佐ではなかなか群落にはならないようで絶滅危惧種です。それが何故我が家にあるかといえば、横倉山の主とも言われていた中学校時代の先生が元気な頃に鉢植えで増やしていたのを分けてくださったからです。気候が違う大阪では育てるのがなかなか難しくて、葉も満足な状態ではなく小指の先ほどの花がやっと一房咲く程度です。でも、故郷を代表する花が何とか生き続けてくれているのは嬉しい事です。

2016年10月 8日(土)

 午前中は曇っていましたが、散歩はしました。午後も買い物を兼ねて歩いて来ました。日があたってまた暑さが戻って来ていました。風もかなり吹いていましたが、涼しくはありませんでした。道路よりも高いところにあるかなり大きな池の周りの道を通りましたが、ここは草刈りがされていません。葛や他の植物が繁っていて歩きやすくはありませんが、期待どおり色々な出逢いがありました。ニホンアマガエルも葛の葉の上にいました。環境によって色を変えることも大きさもシュレーゲルアオガエルとよく似ていますが、鼻の先から目にかけて黒い線があるのがニホンアマガエルです。両方とも可愛い蛙です。

2016年10月 7日(金)

 朝の散歩を少しする習慣をやっと取り戻してましたが、今朝は久しぶりに清々しい秋らしい好天気でした。しかし、昼ごろにはもう雲が空を覆って来ました。明日はもう雨のようです。昼過ぎに隣の市まで出かけたので、久しぶりに河口を覗いてみました。ウミネコたちが海に浮かんでいるのは見えましたが、他には何もいないか、、、と、思っていると割と近いところに1羽いてくれました。見覚えがあるようなないような、、、。どうやら夏羽しか見たことがなかったキョウジョシギ(京女鷸)のようです。こちらでは暑さが続いていても、鳥たちはもう冬の衣装になっているようです。集団でいるのが普通だと思ってたんですが、仲間はどうしたんでしょうか。わずか10分ほどしかおれなかったので、探してみることはできませんでした。

2016年10月 6日(木)

 台風の影響は少し強い風が吹いたくらいでしたが、また次が来ているようです。「秋風がやっと」と思う時もないではありませんが、すぐに暑さが戻って来るせいか彼岸花はまだ咲いています。もっと増えるかと期待していたツリガネニンジンは消えてしまいました。実はこれは1週間ほど前の写真です。根が朝鮮人参のようだというのでこんな名前が付いているようですが、「スコットランドの釣鐘草」(という歌があります)と同じ仲間です。イングランドでは春のブルーベルが有名です。同じように可憐な花ですが、日本ではそれほど人気がないのは何故でしょうか。

2016年10月 1日(土)

 自然を楽しむ講座の「バードカービングバッジ作り」の日でした。講師は西宮から来ていただく有田八郎さん。ところが市内の中学校の運動会の日と重なって、子どもたちはもちろん爺ちゃん婆ちゃんまでそちらに行ってしまいます。お天気男を自認している私も今日は雨になることを願っていたおんですが、やはりいい天気になってしまいました。運動会は無事行われたようで、先生たちはホッとしたことでしょう。こちらは参加人数が少ないことを心配していましたが、そこそこに参加者があってこちらもホッとしました。小さい女の子も2人は来てくれました。ちょっと難しいかと思ったのですが、結構いい色づけをしていました。ちょっと時間不足ではありましたが、大人のみなさんも十文楽しんでいただいたようです。私は落ち着いた気分になれないので、毎年見ているだけなのがちょっと残念です。後ろに並んでいるのが有田さんの作品群です。立体のももちろん作られています。

2016年 9月30日(金)

 相変わらず天気はよくありませんが、夜は雨でも朝のうちはやんでくれているのが幸いです。毎朝とはいきませんが、朝食前の散歩が何とか続いています。出逢える鳥もこのごろは少ないのですが、やっとよく見るのとは違うムクドリに出逢えました。10羽くらいの群で電線に止まっている端の方に顔が白っぽいのがいました。コムクドリではないかと思ったんですが、普通のムクドリの若鳥の可能性が大のようです。ともかく「早起きは三文の得」ではありました。別の日にニュウナイスズメらしいのにもやっと出逢ったのですが、ピントの甘い写真1枚しか撮れなかったので出せないのが残念です。

2016年 9月27日(火)

 大阪府南部の泉南地方では「岸和田祭が終われば涼しくなる」といわれていますが、今年は彼岸が過ぎてもまだ暑さが続いています。そして。秋らしい好天気の日もほとんどない状態が続いています。珍しく淡路島が見えている朝がありました。秋らしくはなくても彼岸花は咲いていますし、稲も実りの時を迎えています。でも、最近は雀脅しの爆竹の音も聞こえませんし、情緒のある案山子もめったに見られなくなりました。「一本足の案山子」なんてもう童謡の世界だけのようですが、この田んぼには案山子がありました。ただし、胴体もなければ足もありません。顔だけが風に揺られていました。この方が雀脅しにはなりそうではありますが、「いくら食うものか棄て置け稲雀」という古い句があります。数が減ったといわれている雀ですので、今こそあてはまる言葉なのかも知れません。

2016年 9月23日(金)

 1週間ほど家を離れていましたが、戻ってみると下山静香さんの新しいCDが届いていました。下山静香さんは勉強の仕上げはスペインで、というユニークなピアニストです。最初のCDは2002年で「アランフェス~スペインの粋と香織を伝える」と題されています。その後、5枚のCDを出していますが、今回で7枚目で「サウダージ・エン・ピアノ~ブラジル・ワルツ集」とジャケットに書かれています。NHKの番組にも度々登場し、大学でも教えていて文筆活動もしているので、関東ではかなりよく知られたピアニストです。関西には馴染みがないようでしたが、ここに載せたように10月10日に神戸の「クラシック・サロン アマデウス」というところでライブのチラシが同封されていました。チケットが手に入ったら行きたいなと思っています。そのチラシに重ねたCDの左が最初の、右が最新のです。実はこの2枚しか持っていないのです。しかも、両方とも買ったものではありません。彼女のお父さんからのプレゼントです。まだ1ドルが360円で外貨持ち出しも制限があった頃に行った初のヨーロッパ旅行の仲間の1人が彼でした。その頃は静香さんはまだこの世にはいなかったと思います。彼は私と同業ではありませんでしたが、何となく気があうところがあったようです。それ以来一度も会ったことはないのに文通は続いているという間柄です。最初のCDを戴いてお返しもできていなかったのを思い出してやっとお返しができると『セルボーンの博物誌の鳥たち(改訂版)』を贈ったら、思いがけずまた戴いてしまったという次第です。私は演奏の技術などとやかく言えませんが、他のピアニストとは違うということはわかりますし、心が洗われるような演奏だと思います。

2016年 9月19日(日)

 早朝は雨が降ってなかったので、昨日とは違う方へ歩いてみました。池にチュウサギがいました。名のとおり大きさはダイサギとコサギの中間。ダイサギやコサギほどではありませんが、時折は姿を見ます。今朝は久しぶりにヤマガラ姿も見ました。かように朝は穏やかでしたが、昼間は雷鳴も轟くかなりの雨でした。ヒマワリの画像を見ると台風からの雲が長く伸びて来ています。今度は西日本を襲いそうですが、大したことがなく過ぎ去ってくれたらいいのですが。

2016年 9月17日(土)

 小雨模様でしたが、構わず朝の散歩に出ました。あっちこっちに彼岸花が咲いていました。まだ夏の気分でいましたが、もう9月も中旬なので咲いていても当然ですね。ちょっと遠くにダイサギがいてそれに気を取られていたら、足元からタシギが飛び立ちました。姿ははっきり見られましたが、もっと近くを注意して歩いていたら飛び立つ前に気が着いたかもしれません。残念! ヒクイナとセッカの声は聞こえますが、これらは姿をなかなか見せてくれません。2年前までは喧しく鳴いていたオオヨシキリもいなくなってしまったし、この川の中でよく姿を見せてくれていたクサシギもいなくなりました。国道の橋下のイワツバメも帰って来ません。朝の散歩の楽しみも減って来ました。  

2016年 9月 8日(木)

 期待したほど天気は回復せず、出がけには少し雨に遭いました。でも、目的地では雨に降られることはありませんでした。青春18切符が残っていたので友を誘って滋賀県大津市へ。まずは何度か行ったことはあったのですが石山寺へ。33年ぶりという本尊の如意輪観世音菩薩の特別拝観。紫式部が『源氏物語』を書き始めたところだとも言われていて「石山寺と紫式部展」もやっていましたが、こちらはパス。次に「琵琶湖周航の歌」に出て来る瀬田の唐橋に寄って、三井寺の円満院へ。弁慶の鐘などがある団体客がよく行くところは今日はよして、ちょっと離れている円満院門跡へ。ひっそりとしていて私たち以外に参拝者はありませんでした。今日の一番の目的はここの大津絵美術館にある「放屁合戦図絵」を見ることでした。こんな面白い図絵があると知ったのは2年前のこと。田舎でミイデラゴミムシ(三井寺歩行虫/左下に挿入)に出遭ってからでした。名前の出所がこの図絵だとのこと。何とも愉快な鳥羽絵です。しかし、20枚あるらしい絵は巻物の最初の方だけしか見られませんでした。受付で聞くと「残酷な場面もあるから」だとのこと。10枚のコピーを見せてくれました。そんな場面はありませんでしたが、芋を食って準備するところや大きな団扇で扇いでいるところが見られました。売っていたら買おうと思いましたが、まだ発売していないとのことで残念。そう暑くもなく、なかなか楽しい大津散策でした。

2016年 9月 7日(水)

 著者の名前は知っていましたが、自費出版だし連絡先も知らないしで、手にするのは難しいかと思っていた本が届きました。『日本のスズメの歴史』という本なのです。かなり大きな本だとは想像していたのですが、実物を見て驚きました。B5版でページが番号があるところだけで668ページ。この本も日英2ヶ国語版です。ハードカバーだし、私の本などは吹き飛んでしまいそうです。田口文男という人の本ですが、アマチュアでスズメに関することを調べ続けて来た人です。私が田口さんのことを知ったのはもう6年も前、しかも日本ではありませんでした。ヤイロチョウの古い標本を見せてもらいにロンドン郊外のトリングという町にある大英自然史博物館の鳥類部門の研究室を訪れた時でした。私はそれだけにしか関心がなかったので写真を撮らせてもらって帰ろうとしたら、所長であるロバート・プリス-ジョーンズ博士が「あなたはヤイロチョウのことだけ調べに来たのですが。せっかくだから博物館の方も見て行きなさい。そう言えば、スズメのことだけを調べに来た日本のビジネスマンがいましたよ」と研究室で田口さんことを教えてくれたのです。勧めに従って隣にある博物館へも行きましたが、後で知ったことはこれが大したところでした。田口さんのことはずっと気になっていたのですが、連絡先などは教えてもらえなかったのでそのままで年月が過ぎていました。最近、たままた彼の本が出ていることとメールアドレスを知ることができた結果です。丁寧な返信をいただき田口さんのこともより多く知ることができました。「念ずれば花開く」(坂村真民)です。一気に読める本ではありませんが、図版もたくさん入っているし楽しくスズメの勉強ができそうです。

2016年 9月 4日(日)

 前夜はかなりの雨だったのですが、朝は意外にもいい天気になっていました。毎年9月の第1日曜日に行っている「せんなん里海さくらフェス」という音楽と環境保全を結びつけた催しの日でした。自然と本の会(旗が裏側になっていたのは残念)は紀貫之ゆかりの「箱作自然海岸」の清掃を高校生たちと共にするということで参加して来ました。若い人たちにも大阪湾で唯一残された自然の砂浜の残る海岸を知ってもらい、ちょっとした植物観察もしてもらうことに意義があると思ってのことです。しかし、今年は手違いがあって高校生の参加がありませんでしたし、一般の人の参加もなかったことは残念でした。でも今年もケーブルテレビのJCOMのみなさんが会員以上の数で参加してくれました。まるで真夏を思わす暑さの中でしたが、誰も熱中症にならなくて幸いでした。満潮だったので海岸は狭くなっていたのですが、ゴミは結構たくさんありました。ここはそもそもはハマヒルガオを護るために清掃を始めたところです。その場所の草引きもできました。夕方は一雨がありましたが、メインの音楽活動も他の行事もちゃんとできたようです。

2016年 9月 2日(金)

 やっと暑さが去ったと思っていたの元に戻って来ました。台風に直撃された地方の人たちは台風銀座と言われていた高知の人たちとは違って予想もつかないことだったでしょう。無くさなくてもよかった命も多く失われたようで、やりきれない気持ちです。「想定外」という言葉は聞きたくないものです。また台風が近づいていますが、今度は西日本を直撃しそうです。適度な雨を連れて来てくれるだけでいいのですが、そうはいかないようです。また被害が大きくないことを願っています。夕方、ちらっと久しぶりに河口を覗くことが出来ました。寄せられた情報では秋の渡り鳥たちがもう来ているとのことですが、既に暗くなりかけていたし、時間もなかったので見つけられませんでした。ただ1羽だけセグロカモメの若鳥らしいのが浜辺で姿を見せてくれました。 

2016年 8月27日(土)

 少し涼しくなって来ました。久しぶりで日本野鳥の会大阪支部へ行きました。考えてみると何と5年ぶりでした。5年前もそうでしたが、「『セルボーンの博物誌の鳥たち』の話を」ということで、室内例会の講師に呼んでいただきました。前会長で現副会長の橋本さんが、前回の後でセルボーンに行って来られたので前座を務めてくださいました。スクリーンに映っているのがギルバート・ホワイトの旧居で博物館になっている The Wakes。私の本の旧版をそこのショップで買っていただいていたということを初めて聞きました。20冊送ってあったのですが、2冊しか残っていなかったということでした。日本人が買ってくれたのか、イギリスの人か他の国の人たちかはわかりません。ほとんど売れないのではないかと思っていたので、館の収入に少しは貢献できたんだと大変嬉しい気分でした。改訂版も送りましたが、船便なのでまだ届いていないでしょう。ところで、私の話は本のことは少しにして10年ほど深く関わっていた日本のヤイロチョウと『セルボーンの博物誌』の時代に既にほとんど見られなくなっていたクロライチョウの話を主にしました。参加者は多くはなかったのですが、お陰でほとんどのみなさんに買っていただけたようでした。

 

2016年 8月25日(木)

 まだ暑さもいっこうに緩まないようですが、超大型の台風も近づいて不気味です。また大地震が起こって多数の死者が出ている国もありますし、日本でもポケモンGOのせいで関係ない人を死なせたり、若者のグループがまた仲間を殺してしまうという事件があって嫌なことばかりです。でも、思ってもいなかった北海道新聞が送られて来て、少し爽やかな気分になりました。北海道からではなくて、和歌山県の田辺市で「天神崎を大切にする会」のTさんからです。かつての担任だった生徒が苦学の末、北海道新聞の編集員になっているそうです。その人が天神崎を中心に南方熊楠のことなども含めて日本のナショナルトラストの先駆けでもある故郷を余すところなく暖かく紹介しています。裏面にも記事があって、そこには恩師のTさんと環境省自然保護管の若い女性と並んだ写真も載っています。玉井さんがその教え子のことを書いた「N君の軌跡」というエッセイも同封されていて、事情もよくわかりました。教師冥利に尽きる出来事だったことでしょう。Tさんは大阪の府立高校でも勤めていました。同じ学校にいたことはありませんが、おすそ分けをいただきました。

2016年 8月18日(木)

 今回の青春18切符の旅の行きの車中ではおもしろい出会いはありませんでした。帰りもなさそうだなと思っていたら、あまり頑丈そうではない若者が輪行袋を担いで乗って来ました。彼は一番後ろにいて私のいる中ほどの席には来ませんでした。しばらく躊躇していましたが、席を立って彼の傍へ行って問いかけてみました。「仲間と八十八ヶ所を回っている途中だけど、へばったので輪行で目的地へ1人先回りするところ」だとのこと。愛知県から来たそうですが、その前に行った「四国カルストはよかった」と言ってました。あそこなら1000mを超す高原なので気持ちよく走れたでしょう。しかし、平地では例年よりも気温が高くなっている四国の道を自転車で行くのはかなりの体力を要するでしょう。自転車の重さを聞いてみると10kgとのこと。イタリア製で20万円だとのことでした。テレビに出ている火野正平のは50万円ほどだそうですので、それよりは安いのですが、私のとは値段が1桁違いました。ともかく、大いに参考になったので、自分の席に戻ると50代とおぼしき男性が坐っていました。荷物は網棚に上げて離れていたので仕方がありません。4人掛けのところに1人でだったので前や横は空いていたのですが、通路を挟んだ長椅子の方に坐りました。やがて私が坐っていたのだと気がついて空けてくれましたが、それがきっかけで話が始まりました。彼は群馬県の環境森林部緑化推進課に勤めている人でした。革靴で手提げ鞄だったので出張かと思ったのですが、個人旅行でいわゆる「鉄ちゃん」でした。土讃線にはスイッチバックの駅が2つあるのですが、その1つの坪尻で写真を撮ると言って別れました。その彼を私が車中から撮ってみました。スピードが出ていたのでちょっとぶれていますが、メールアドレスも聞いたので記念に送ってあげようと思っています。

2016年 8月16日(水)

 午前中から東西両方向にJR利用でちょっと遠出をしていました。曇っていましたが、雨にはならないだろうと雨具の用意はしてませんでした。昼頃ちょっと降ったようですが、室内にいたので気がつかず。外に出ても地面は湿ってもいませんでした。午後の用事を済ませて夕暮れ近くに帰り、最寄りの駅で降りたら小雨になってました。10分足らず自転車で濡れて帰りましたが、待望の雨で気持ちがいいくらいでした。それからまだ降っていましたが、1時間くらいで止んでしまいました。少しは涼しくなりましたが、焼け石に水という程度で残念。今日は散歩をする余裕がありませんでしたが、昨夕の散歩で池にコウホネ(河骨)が咲いているのに気がつきました。黄色い花なのに根に白い骨のようなところがあるのが名前の由来だそうですが、私がこの名前で思い出すのは「春の小川」という歌が生まれたという東京の河骨川。東京に行っても今はそんな面影もないようですし、この花もかなり珍しくなっているようです。

2016年 8月14日(日)

 午後になると雲が出て来るようになりましたが、雨はなかなかやって来ません。だから夜の間も例年のようにあまり涼しくありません。庭でクツワムシが鳴き出すと更に暑さが増す感じです。スズムシバナは咲いていますが、スズムシが鳴くのはまだ先のようです。朝の散歩は休みにして、日の暮れ前に池まで歩いてきました。水面は菱がほとんど埋めています。白くて綺麗きれいな花がちらほら咲いているのですが、小さいし数が少ないので目立他ないのは残念です。

2016年 8月11日(木)

 昨日かなり歩いたのですが、気分はよかったので早朝散歩にも行ってみました。川端で見かけたのはスズメの群とカワラヒワの群。カワセミも1羽いたのですが、すぐに飛ばれてしまいました。何年も馴染みになっていたオオヨシキリは1羽もいなくなったし、かなり近づかせてくれるようになっていたクサシギの姿も消えてしまいました。ヒクイナの声はまだ田んぼから聞こえて来ましたが、姿は現してくれませんでした。夕方は買い物に川下の方へ行ったら、もう刈り取られた田んぼにカルガモが100羽近く集まっていました。餌のあるところには集まるものです。珍しくはない鳥ですが、これほどの群を見たのは初めてです。

2016年 8月10日(水)

 暑さに強いつもりだったのに、今夏は何だかへばり気味。少し前には歩いて行っていたところも自転車になっています。食欲もなくなってましたが、無理に食べるのはやめて1食抜きました。そのせいか、気分がかなりよくなりました。そこで、というわけではありませんが、1年ぶりの青春18切符の旅。朝食も少しだったし、12時を回る頃にはさすがに空腹を覚えて来ました。そこで、岡山駅で途中下車してちょっとましな食事をしました。まだかなり時間があったので、いつでも行けると思って行ったことのなかった烏城と後楽園の見える川のほとりまで歩いてみることにしました。後楽園は森の中にあることを初めて知りました。おかげで本日は久しぶりに1万歩越しましたが、まだ車中で過ごしています。「よさこい鳴子踊り」の歌声が聞こえて来ました。まだ乗ってなければならないので14時間近くの旅になりそうです。でも、体調は悪くはなさそうです。

2016年 8月 7日(日)

 こう暑いと面倒なことはする気になれません。これ、何だと思いますか。ミスト発生装置の一式です。今夏はキーウイの枝がまだ2階にまで届かないので、ブラインドを設置してみたのですが、ミストもあればいいと注文していました。2週間も前に届いていたのに、気が乗らずそのまま置いてました。自由度があるのはいいのですが、このホースを切ってミスト発生口を自分で付けていかねばなりません。それに予定のところまではホースの距離が足らず、水道菅の延長からしなければならないかと思って気が重かったのです。でも、せっかく買って暑い時に使わなければ無駄金。水道管の延長でなくても耐圧ホースを使えばいいのだと気がついて何とか本日設置完了。温度の下り具合は?ですが、少し涼しくなった気分はします。蛇口はほんの少し開ければいいので何時間か使っても水道代は大したことはなさそうです。

2016年 8月 4日(木)

 真夏日と熱帯夜の連続になりましたが、昨日までの数日は「自然と本の会」の会報誌を今日の配布に向けてギリギリの作業をしていました。夜になってやっとプリントにかかれましたが、予定枚数に届かないうちに1色がトナー不足。予備を買っておくべきでしたが、編集の方に気を取られて忘れていました。ストップした機械を開けてトナーを取りだし、振っておいて取り付け。それを何回か繰り返してやっと予定の枚数にこぎつけました。泥縄も何とか間に合いました。今日はまた別の作業で午後は部屋に籠っていました。私の部屋は2階なのでかなりの暑さになりますが、暑さにはかなり強いので昨日までは旋風機だけで過ごしていました。冷却剤を手拭に包んで首の後ろや額にあてておくと割と平気でいられます。もちろん水分は頻繁に補給しています。そして今日もテレビを観ながらパソコンもしていたのですが、テレビが突然消えました。TEMPERATURE というサインが出ていました。こんなことは初めてでしたが、どうやら温度が上がり過ぎたようです。慌てて電源を落としましたが、部屋の温度計を見たら何と34℃でした。パソコンの方もファンの音が高くなっていました。急いで終了にして、下の部屋に降りました。夕食終了まで下にいましたが、そんなわけで今夜は今夏初めて自分の部屋でもエアコンを使っています。

2016年 8月 1日(月)

 暑さには強いと思っていましたが、だんだんとそうも言ってられないようになって来ました。自分より年上で元気な人に出会うと勇気をもらいます。昨日の毎日新聞に外山滋比古さんのインタビューが出ていました。英文学者ですから名前には馴染みのある人ですし、英語以外のことでも活躍していることも知っていました。残念ながら読んではいませんが、『思考の生理学』が200万部も売れているとは驚きました。その部分はコピーしませんでしが、この記事の終わりの方の「ぼけずに生きるには、とにかく忙しくすること」から後のところが大いに気にいりました。私も忙しいのをぼやきながら昼寝も散歩もして何とかこなして行きたいと思います。ところで、都知事選は自民党にも反自民連合にも痛手の結果が出たようですが、升添さんは辞めれば無罪放免なのでしょうか。それにしても多額の費用を必要とする選挙も投票率が非常に低くなっています。有権者の半数の支持も得られていない人が首長になるということが民主主義になるのでしょうか。選挙に行くのは権利でもあるし、義務でもあると思います。日本も投票に行かない人には罰金を課してもいい時代になって来たのではないでしょうか。